読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

heartdiary1224’s blog

『心の中の大切な日記』 誰かの勇気につながってほしい。。そう思って書かせていただきました。

第10章 決心

涙が溢れ歌声が震えた。

演奏を優しい目で見守る老人さんたち。

時間は静かにゆっくりと流れ
二人が演奏を無事終えた瞬間
食堂に大きな拍手と歓声が沸き上がった。

『ようやったぞ!』

『最高やなぁ!』

『おい!若いもん、最高やッ!!』


『今日はサンタクロースのお二人
 ありがとうございました。
 心に響く音楽に感動いたしました。
 お二人からここにいる皆様に
 クリスマスメッセージをどうぞ。』


介護士の女性がマイクを俺に向けた・・・
急な挨拶に少し戸惑った。。


しばらく沈黙が続いた。


『あまりにも音楽に気持ちを入れすぎて
 涙がでました。。
 この場所にはいろんな気持ちが
 集まっているように感じます。
 皆様は私たちの大先輩で・・・
 今日までいろんな人生を
 歩かれてきたと思います。
 その中で嬉しい気持ちや悲しい気持ち
 勇気や迷い・・
 誰かを好きになったり、けんかしたり。。
 いろんな思いと向き合われたと思います。
 そこで今日、私たちとの思い出ができました。
 思い出って忘れてしまう時があります。。
 でも・・忘れても心にその時その時・・・
 大切にしまってあればそれでいいと思います。
 私たちには今という大切な時間があります。
 今という時間、小さなしあわせを
 少しでも感じることができたなら。。
 それはそれで最高だと思います!!!
 メリークリスマス!!
 皆様お元気で。。また会いましょう!!』


俺は元気な声で老人さんたちに
気持ちを伝えた。

ゆりはその姿を見て
隣で優しく微笑んでいた。


『皆様に私たちから
 小さなプレゼントがあります!!』
そう言いながら老人さん一人一人に
握手しながら小さな袋に入れたアメを配り
クリスマス会は終了した。


二人は帰る前におばあさんの部屋に向かった。


黙って外を眺めるおばあさん。


『おばさん、演奏どうやった。。』

恐る恐る声を掛けるゆり。

『あぁ、よかったなぁ。。。よかったなぁ・・・』

落ち着いて静かに答えるおばあさん。

『おばさん、また来るわな。。元気でなッ!!』
俺は元気よく声を掛けた。

『まぁ、いつでも来てな。。』

おばあさんはそう言いながら
先ほど渡したアメをポケットから出した。
『これなッ、スーパーでさっき買ったから
 あんたたちで食べてな。。』

ゆりは優しく微笑んで受け取った。

『おばさん、ありがとう。。』

窓の外を黙って眺めるおばあさんを
見つめながら二人は部屋を後にした。


ゆりは何か考えている様子で
ずっと無言だった。


歩きながらしばらく沈黙が続いた。


老人ホームの門を出ようとした時・・
『健ちゃん、ちょっと来てッ!!』

そう言いながら
ゆりは走って老人ホームに戻った。


その時、ゆりにとって
大きな決心が芽生えていた。

ゆりは老人ホームの廊下を走足で歩いた。

俺は歩きながらゆりに話しかけた。

『ゆり、どうしたんや!!』

『私がしなければならないことがある。。』

そう言いながら園長室の前で立ち止まった。

『健ちゃん、待ってて。。。』
ゆりは真剣な顔で俺をみつめながら
ドアをノックした。

ドアの向こうから『どうぞ!』と声がした。

ゆりは部屋の中に静かに入って行った。


老人ホームの廊下は夕焼けでピンク色に染まり
先程のにぎやかな雰囲気が幻のように静かだ。


俺は窓から海を眺めながら
ゆりとおばあさんとの思い出を
何気なく思い出していた。

さっきの介護士の女性が
俺の隣に来た。

『今日はすいませんでした。
 みんな笑顔で喜んでいましたッ!!
 ありがとうございました。。
 彼女につらい思いさせてすいませんでした。。
 ここの海綺麗でしょ!!
 癒されますよ~』

そう言って廊下を歩いて行った。

30分位経過した時、部屋から
ゆりが出てきた。

何だかホッとしたような
うれしい顔だった。

『健ちゃん、私、土日だけなんやけど・・
 ここでボランティアとして
 働かしてもらおうと思う!!
 少しの時間でもええから
 おばさんの傍にいたいんや。。
 私がいろんな老人さんの
 癒しや力になれたら嬉しいなぁ。。』

『最初は高校辞めて働きたいという気持ちを
 伝えたら園長にそれはダメだと言われた。。
 高校は卒業しなさいって。。
 就職はそれからでも遅くはないって!!
 園長は真剣に私の話を聞いてくれた!!』

ゆりはにっこり微笑んだ。

部屋の中で、ゆりがどんな気持ちを
伝えたかはわからない。

だが・・・
嬉しそうなゆりの笑顔をみているだけで
とても温かい気持ちになった。

さっきの介護士の女性が
ジュースを2缶渡しに来てくれた。

『ありがとうございました。
 これ、飲んで帰ってください。。
 帰りに海みていってくださいね。
 癒されますよ~』

『今日はありがとうございました。。』
二人は同時に言った。

『タイミング同じだね~』
介護士の女性が言った。

三人は微笑んだ。


俺とゆりは砂浜に座り海を眺めた。

『健ちゃん、ありがとう。。
 あのまま帰っていたらあかんだわ。
 ありがとう。。』

『ゆり、焦らんと
 ゆっくりでええんやでな。。』


何気ない会話と波音に
二人の気持ちは癒された。


あれから2ヶ月が経過した。

2ヶ月間いろんなことがあった。
ゆりの誕生日には
昼なら大丈夫だろう・・・ということで
ずっと練習していた砂浜にも行った。

二人にとって凄く懐かしい場所のようで
とても嬉しくハイテンションだった。。

いつも座っていた流木が同じ場所にあり
ここに座り、『涙晴の空』を演奏した。

家に帰っても爽やかな潮風と波の音が
耳に残っていた。

ゆりはこの2ヶ月間、土日は
休むことなく老人ホームに通った。

だから・・・俺とゆりが会える日は
学校のある平日か祭日だけだった。

二人は学校帰りに駅のホームで待ち合わせをして
日が沈むまでいろんなことを話した。


オムツ交換、入浴介助、食事介助・・・

ゆりにとって今まで経験したことのない
驚くことばかりだったようだ。

自分と香織さんの家族は
不幸ばかりが続き責めていたが
このホームにもこんな経験を
している人がたくさんいると知ったこと。

辛かったこと、勉強になったこと
おばあさんのこと、誕生日会のこと・・・
そして、老人さんたちにも人気があること。。

目を輝かせてホームの話をするゆりをみていて
とても幸せな気分になった。

行事はゆりの楽しみのひとつで・・・

みんなで歌ったりする時は
ゆりのフルートの出番で
普段、ボーッとしている
おばさんもにっこりと
みつめていたみたいだ。

節分ではゆりが鬼となり
老人さんたちに豆をぶつけられ
面白い鬼だとみんなを楽しませた様子だ。

カラオケ大会に俺も参加させていただき
ゆりが男役、俺が女役のメイクをして
二人でデュエットをした。
俺のメイクにはみんな大爆笑だった。
おばあさんも笑っていて嬉しい気持ちになった。
隣でゆりも大爆笑している写真が
ホームに飾られた。

ゆりは老人ホームに通うようになり
いきいきと輝いていた。

俺も老人ホームで働きたいと
思ったこともあった・・
おばさんと何か大切なことをみつけるために
きっと老人ホームに通っている。。
だから、ゆりの気持ちを考えると
老人ホームには行かないほうがいいと考えていた。


3月になってからお互いにすれ違いが多く
駅のホームで待ち合わせをする時間がなくなった。

ここ2週間の間・・・
ゆりから電話もかからず
俺からかけても留守ばかりだ。

そして、春休みにはいった。
来月からは二人は高校3年になる。

今は春休みなので・・・
ゆりは老人ホームに毎日のように通っている。
だから・・・会えないし電話がかからない。
忙しくて疲れているんだろう。。
そう思っていた。


久しぶりにゆりから連絡があった。

『健ちゃん、久しぶり。。
 元気やった!!あのな・・・。。
 明日、会える。。』
     
『ゆり!!久しぶり。。忙しかったのか。。
 俺も会いたかったんや!楽しみやなぁ!!!』

『じゃぁ・・・1時に
 いつもの公園で待っとるね。。』

『わかった!!』


二人はおばあさんの家(現在・空き地)の
近くの公園で待ち合わせをした。

次の日、俺は久しぶりにこの駅で下車した。
ゆりとは駅のホームで会うことが多く
音楽ショップも無くなり
おばあさんの家も無くなった。。
最近は、この駅で降りることもなくなっていた。

駅員の牧野さんの姿を探したが
全く見当たらない。
他の駅員さんに聞くと
違う駅に異動されたみたいだ。

バスに乗り、公園に向かった。
バスの窓から眺める景色は
とても懐かしい気がした。

バスを降り、公園に到着した。

公園のブランコにゆりが座っている。


うつむいて何だか悲しそうな顔だ。

『ゆりー。。久しぶりッ!!
 電話してもつながらへんし
 心配しとったんや。。。
 マスクつけてるけど風邪ひいとったんか。。』

『健ちゃん。。久しぶりやなぁ・・・ごめん。。
 なかなか連絡できやんだ・・・・・』

俺もブランコに座った。

『健ちゃんとブランコ・・・
 久しぶりに乗るなッ。。』

『そうやな!!ゆりッ・・おしてあげよかッ!!』

そういって俺はゆりの背中をそっとおした。

『今日の空、綺麗やなぁ。。』

『綺麗!!雲ひとつないなぁ!!』


しばらく二人はブランコに乗り
花見に行った話、練習した話・・・
いろんな話をした。


『あのな・・・・・だるまさんが転んだ
 久しぶりにやらへん。。』

『いいなぁ~やろう!!』

『健ちゃん、鬼やってよ。。』

俺が鬼になり、木に顔をあてた。

『だーるーまーーさんーーがころんだ!!』

『だーるーまーーさんーーがころんだ!!』

一歩一歩近づくゆり。

『だーるーまーーさんーーがころんだ!!』

『だーるーまーーさんーーがころんだ!!』

あと5歩ぐらいの場所でゆりは立ち止まった。


『健ちゃん、後ろ向かんとで聞いとってな。。
 健ちゃん、私、今・・入院しとるんや。
 ずっと前、高熱が出て
 治ったけどまた熱が出て。。
 病院に行って・・・診察したら・・・・
 肝臓と脾臓が腫れているから血液検査をして・・
 そしたら検査入院って言われて・・・
 親父が検査入院ばかりすすめるから・・ 
 親父に強く聞いたら・・・ 
 白血病って診察されたみたいなんや。。。』

『えっ!ゆり!!』

数年前、女優の夏目雅子がこの病気で
亡くなったことが頭と心の中を同時に駆け巡った。

『振り向かないで!!』

うきうきしていた気持ちが大きな音をたてて
心の中で崩れ頭の中は真っ白になり
全身の力が抜けていく感覚だった。

『ゆりッ!!』

『振り向かないで。。』

俺は取り乱したりせず
落ち着いて話を聞く心の準備をした。

白血病っていう難しい病気なんや。。
 健ちゃん、今年は受験勉強やろッ。。
 会わんほうがいいんやないかなって。。
 私といたら迷惑かけてしまう。。
 私のことは気にせず勉強に専念してな。。
 私は治療に専念するから。。。』

『私なりにだけど・・すっごい・・・考えた・・・
 私は健ちゃんとの思い出を心にしまっておく。
 だから・・今は距離をおいたほうが
 健ちゃんにはいいんじゃないかなって。。。
 受験に集中できるんじゃないかって。。。』





しばらくの間、沈黙が続いた。





『それでもなッ・・健ちゃん・・・
 それでも・・・・
 健ちゃんが私といてくれるのなら
 背中にタッチさせて。。。
 だめなら今すぐに・・・
 私の顔をみて・・・帰っていって・・・
 ごめんな。。こんなことを言って・・・・』

周りの音が全く聞こえず
俺は自然に大きく息を吸っていた。


『だーるーまーーさんーーがーーーーーー』

空に響く位の
大きな声を思いっきり出した。


『だーるーまーーさんーーがーーー』
 がーーーーーーゆり!!!
 はよーータッチしてくれッ!!!
 息が苦しい~ーーーー』

『健ちゃん。。』

ゆりは俺の背中にそっとタッチした。


『俺はお前が大好きやッ!!
 いつだって傍にいる。。』

俺はしゃべろうとしても
涙が溢れてきそうで空を眺めた。
ただ元気な俺をみせたかった。

ゆりの前では泣かないとさっき決心していた。
血がにじむほど唇をかみしめ涙をこらえた。

何も言わずゆりをしっかりと抱きしめ
『絶対に大丈夫。必ず治る!!』と笑った。

ゆりもニコッと笑った。

そして、木にもたれながら 『涙晴の歌』を
二人で歌った。

二人が出会った時からの思い出が
ゆっくりゆっくり頭の中で駆け巡っていた。


『入院してるんやけど。。
 どうしても健ちゃんに会いたくて。。
 一時外出させてもらったんや。。
 今朝まで言おかどうか迷ったけど
 本当のことを伝えられて本当によかった。。
 健ちゃんありがとう。。。』

『健ちゃん、2度目のお願いになったな。。』

『2度目・・・』

初めてのお願いはいつだったんだろう。。
俺はそう思いながら首をかしげた。

『あッ!!そうだったなぁ。ごめん。。』
俺はとにかく返事をした。

『ああ。。ゆりお願いなんか何度してもええで!!
 俺もゆりにこれから
 お願いいっぱいするやろし。。』

『健ちゃん、ありがとう。。。』


しばらくしてゆりのお父さんが
自動車で迎えに来た。

二人は自動車の方へ歩いた。


『どこに入院しとんの。。』

『健ちゃんが入院してた市民病院。
 今はいろんな治療で会える
 状態じゃないから見舞いはいい。。。
 落ち着いたら絶対に電話するから。。。
 必ず来てね。。
 受験勉強も頑張ってよ!!』
そう言いながら、自動車に乗り込むゆり。

『木下君、久しぶり!またゆりに会いに来てな!』

『はい!もちろんです!!』

『久しぶりって。。会ったことあんの!!』

『ああ、ゆりを迎えにきた時にちょっとな!』

『そうなんや。。』

ゆりの病気を通して
親子の大切な絆が戻ったのかもしれない。。
彼女とお父さんの会話を聞いていて
そう感じた。


『さあ、木下君、行くよ!!』

『健ちゃん、またね。。』

『ゆり、あまり頑張ろうとするなよ!
 リラックスして!!』

『ありがとう。。。』
ゆりの頬は涙で濡れていた。

『ゆり、またなッ。。』

『健ちゃん、また。。』



自動車はゆっくり走って行った。



自動車の中から手を振るゆり。


『大丈夫。絶対に治る。ゆりは元気になる!』
この言葉を何度もこころで繰り返し
ゆりが見えなくなるまで手を振り続けた。


ゆりと日が暮れるまで練習した公園が
涙でにじんでいた。

俺はゆりと別れた後
頭が真っ白になり部屋の中でボーッとしていた。

「ゆりが白血病。信じられない。。」

そんな気持ちが頭の中で何度も何度も
ぐるぐると回転していた。

次の日もその次の日も
何もする意欲もなく
ただゆりの病気のことを
考えているだけだった。

今までの輝いた日常から
真っ暗闇に突き落とされたような。。

ゆりとの思い出だけを思い浮かべ
ボーッとしているような。。

ゆりを必ず助けると言ったのに・・
ただ、ゆりを失う恐怖だけに怯えていた。

今までは一日学校が早く終わり
週末がくるのが楽しみだったが
少しでも1日が長くなってほしいと感じた。
ただ、その寂しさだけを
みつめる日々がしばらく続いた。

1週間後にゆりから電話があった。

『健ちゃんーーーー!!!元気!!! 』

『ゆり。。。』

『あのね!!昨日、ちょっとだけ
 病室でフルート吹いたんやッ。。』

楽しそうに話すゆり。

『ゆり、大丈夫なんか。。』

『大丈夫!!
 ・・・辛い時もあるけど。。
 私には健ちゃんという最大の味方がいる!!
 病気なんかふっ飛ばしてやる!!
 毎日そんな気持ちやに。。。』

『・・・ゆり!そうやな!!
 俺らの力で病気なんかふっ飛ばしてやろう!
 来週の土曜日、会いに行ってええか!!』

『ええよ。。病院の8階やにッ!
 髪の毛が今ないんやけど。。
 一休さんみたいやに!!』

『そうか。。一休さんか!
 じゃあ・・とんち勝負しよう。。
 なぞなぞするからな
 ゆりも考えといてなッ!』

『うん!!わかった!!
 いっぱい考えとく!!楽しみやなぁ。。
 健ちゃんにみせたい物もあるんや。。。』

『みせたい物!!なになに!!』

『それは・・・会ってからのお楽しみッ。。。』

『楽しみにしとくわッ!!』

『土曜日の昼過ぎに行くわな!!
 またなッ!土曜日ッ!』


『あッ・・健ちゃん・・
 それとギター持ってきて 一緒に演奏しよ。。』

『わかった!!演奏しよ!!』

『うん。。じゃあ、来週。。。』

電話の受話器を置いた後・・・
俺は今までの自分が情けなかった。
そして、ゆりの元気な声を聞いて
とても嬉しかった。。

俺は次の日から図書館に行き
白血病についていろいろと調べた。

ゆりのことをただ悲しく思い
ボーッとしていた気持ちが
病気について調べようという
前向きな気持ちに変わった。

一緒に未来の夢を語り合い
何でも受け入れていこうと信じることにした。

白血病の本、免疫の本・・・
そして、ゆりをお腹の底から笑わせるような
なぞなぞを考えた。

あれから1週間が経過した。


俺は自転車に乗り
ゆりの入院している市民病院に向かった。

カゴに紙袋が入っている。

紙袋の中には1枚1枚の画用紙に
絵も描き込んだなぞなぞがたくさん入っている。

先週から徹夜で仕上げたなぞなぞだ。

そしてもうひとつ。。
ゆりを驚かせるプレゼントが入っている。

ゆりと会うことがすごく楽しみで
昨日は全く眠れなかった。

図書館で読んだ本には
こう書いてあった。

『笑うことが免疫をあげる』

ゆりをお腹の底から笑わせたい・・・
そんな気持ちでいっぱいだ。


市民病院に到着した。


俺が入院した時、ゆりとこの病院で
過ごした日々のことを思い出した。

あの時は、おばあさんもゆりも元気だった。

ゆりの笑顔。
ゆりの涙。
ゆりの演奏。

この病院にもゆりとの思い出がたくさんある。

ゆりと老人ホームで演奏したい。
ゆりと自転車の二人乗りがしたい。
ゆりと何気ない話で盛り上がりたい。

・・・今の俺には笑わせることしかできない。
絶対、二人でこの病気に勝ってやる。


いろんな気持ちを抱き
エレベーターのボタンを押した。


8階で明るい表情でエレベーターを降りた。


ゆりの名前を探したが
全く見つからない。

看護婦さんに尋ねることにした。

『あのーー立花ゆりさんの
 病室はどちらですか・・・』

『・・・・あっ・・・
 立花さんのどういったご関係ですか・・・』

『あのーー恋人です・・・』

『立花さんは昨日、亡くなられました。。
 本日、お家にみえると思います。
 この度はご愁傷様です・・・・・・
 私もお父様と一緒にいたんですが 。。』

『・・・・・・』

俺は病院の廊下を必死で走り、階段を駆け下り
ゆりの家に向かって無我夢中で自転車を漕いだ。

風の流れや空の様子は全くわからないぐらい
ゆりとおばあさんとの思い出だけが
頭の中の思い出が駆け巡っていた。  


ゆりの家の前に
お父さんの自動車が止まっていた。

自転車を倒しドアを開け何も言わず
家の中に入っていった。

仏間でお父さんは
肩を落とし泣いている。

お父さんの前には
顔を白い布で覆ったゆりがいた。

でも・・ゆりだと信じたくはなかった。。

『木下君・・・来てくれたんか。。』
お父さんの声が微かに聞こえた。

お父さんの横に座り
白い布を少しずらした。


ゆりだった。。


髪の毛は1本もなく
痩せていた。

でも、ゆりだった。。


俺はただ静かにゆりの顔をみつめた。


ゆりと公園で会った日・・・
最期だとわかっていたなら
もっと笑顔をみつめていた・・・

ゆりと電話で話した日・・・
最期だとわかっていたなら
病院へすぐに行って
ゆりを強く抱きしめていた・・・

いろんな後悔が
心の中を回転した。

俺はゆりが苦しんでいる時に
なぞなぞなんかを考えていた。

そんな自分に腹が立った。

隣にお父さんがいることも忘れ
紙袋から画用紙を出しビリビリに破いた。


破っていてあの瞬間が
頭の中を駆け抜けた。

老人ホームの更衣室で
歌詞カードを繋ぎ合わせたゆりの笑顔。


そんなことをしたって
ゆりは笑わない。。

俺は破るのをやめた。

そしてゆりに謝った。

それからしばらくの間、あまり記憶がない。

ゆりの冷たい手を握り
ただボーッとしていた。


『木下君、これ・・・・』

お父さんはノートを俺に渡した。

ゆりが入院の際に
病院に持っていったノートみたいだ。

表紙には『心の中の大切な日記』と書いてある。

『木下君にノートをみせて・・・
      それが最期の言葉だった』

俺はお父さんの横で
ゆっくりノートを開いた。