heartdiary1224’s blog

『心の中の大切な日記』 誰かの勇気につながってほしい。。そう思って書かせていただきました。

第7章 からまわりの時間

香織さんにとって最期の日記


そこには心の奥底に眠っていた
寂しい気持ちが綴られていた。


ゆりはうつむきながら静かに言った。 

『香織・・
 私と純也が付きあっとると
 誤解していた・・・・』


『・・・私と純也が公園で
 話していたのを見てた・・・』

『でも・・・あれは・・・
 ゆりが香織さんのために
 伝えに行ったことなんやろ・・・ 
 ゆりは何にも悪くないやん・・・・』

『健ちゃん・・・香織・・
 電車で泣いてたんやろ。。
 勘違いさせた私が悪い・・・
 香織・・辛かったにちがいない・・・』

『ゆり・・・ゆりッ。。
 お前が自分を責めることはない!!』

『私・・・私・・・最低・・・・』

ゆりはそういうと同時に
急いで階段を降り、家を出て行った。

俺はスケジュール帳を
握り締めたまま必死に追いかけた。

ゆりは公園まで走り息を切らせて立ち止まった。

『ゆり・・・ゆりッ!!』

ゆりの顔は涙で濡れていた。

『私、私・・・最悪!!!
 香織をまた悲しませた。。。
 小学校の時も香織を苦しませた。
 あの時、ボールを投げやんだら
 おじさんも死なへんだ・・・。
 ずっとずっと苦しませてたんや。 。
 私は香織の大切な気持ちを奪った・・・。』

ゆりは涙を流しながら大きな声で俺に叫んだ。

『ゆり・・・それは違う。
 ゆりは香織さんを守った!!
 いじめられている香織さんを守っとった!
 何にも奪ってない。。
 おじさんもそう思ってるはず!!
 おじさんも香織さんを守る気持ちで
 川に飛び込んだんや。。
 溺れている香織さんを黙って
 見てることができないから
 川に飛び込んだんや。。
 ゆりも同じやろッ。。
 香織さんと友達だから守ったんやろ。
 だから・・・だから・・・
 ゆりは何も悪くない!!』

『健ちゃん・・・・。
 でも今は健ちゃんと一緒におるんがつらい。
 健ちゃんと私の出会いも
 もともとは香織がきっかけやった・・・・。
 今は・・・今は・・・つらい。。』


そう言ってゆりは走って行った。


空は夕焼け一面に覆われ
カラスが寂しげに鳴いていた。


俺はスケジュール帳を
もう一度読んだ。


『ゆりはまた私の大好きな人を奪った。』

ただこの一行が悔しくて。
ただこの一行の心のすれ違いに腹が立ち。
涙が自然に溢れ出た。

いつの間にかスケジュール帳を
手でギュッと握り締め地面に膝を付け泣いていた。


ゆりと香織さんの心のすれ違いと
偶然にも電車で俺が見た
香織さんの最期の涙の意味にただ悔しかった。


公園のライトも点灯し空は真っ暗になっていた。

俺は気持ちが真っ黒の状態で
おばあさんの家に向かった。

『健ちゃん、遅かったなぁ!
 心配してたんやで。ゆりちゃんは。。』

『あぁ・・。先に帰ったみたい。。』

『ゆりちゃん、泣いて
 走って行ったけどなんかあったん。』

おばあさんに伝えようか
どうか迷ったが伝えなかった。
・・・というより伝える事ができなかった。

『あっ。。ちょっと喧嘩してしまって。。』

『そうやったん。。
 まぁ、たまには喧嘩もするわな。 。
 仲直りしやなあかんで。。』

『わかっとる。。
 おばさん、仏壇に拝んでいい。。』

俺は仏壇に手をあわせた。

『もう。香織が死んで一年か・・・』
おばあさんは静かにつぶやき手をあわせた。

俺は香織さんにゆりの今の気持ちを伝えた。
ただわかってほしかった。
おばあさんは気づかなかったが
知らず知らずに涙が流れていた。


あれから1週間が経過した。

ゆりに何度も連絡を取ったが
会うことはできず戸惑っていた。

おばさんの家にもあれから行っていない。

俺は久しぶりに
おばあさんの家にバスで向かった。


1週間前に話し合った公園では
楽しそうに子供たちの声が聞こえている。



おばあさんの家の前に立った俺は呆然とした。



おばあさんの家は取り壊されていた。



激しいショベルカーの音が響き渡る家の前には
おばあさんが静かに立っていた。

『おばさん!』

『あぁ・・・健介君か。。
 昨日から壊してるんや。
 やっぱり寂しいな。。。
 ホームへ位牌を持っていくからええけどな。。
 この家にはいろんな思い出があるしな。。
 たくさんの思い出があるわ。。』

おばあさんは小さな声で呟いた。
横には老人ホームの介護士の男性が立っていた。

おばあさんは5日前に老人ホームに入所し
今日、家の取り壊しを見に来た様子だ。

家は激しく壊された。

呆然とみつめるおばあさん。

『さぁ、秋野さん、行こか!』
男性が声を掛けた。

おばあさんは名残惜しそうな
懐かしそうな寂しい目をして
壊れた家を見ている。

俺は何も言えなかった。

おばあさんはゆっくりと車に向かった。
車に乗ろうとしたおばあさんが
微笑んで俺に話した。

『もうお別れなんやなぁ。。。
 楽しかった。。
 楽しかったなぁ~
 あなたたちと一緒に過ごした時間
 最高やったわ。。』

『おばさん、お別れって!!
 また遊びに行くで
 こんな寂しい顔しやんといてよ。。
 絶対に会いに行くから待っとってな!! 』

『いつでもいい。。
 ゆりちゃんと来てな!!
 待ってるわな。。』
 
ゆりが、今、この場所に
いないことを悲しく思った。

今のゆりのためにも
おばあさんと会わせたいと思った。   

窓から顔を出し手を振るおばあさん。
いつもと同じ温かい笑顔だった。


車はどんどん小さくなっていった。


頭の中はおばあさんとゆりで過ごした
楽しい日々がぐるぐると回転していた。

俺は車が見えなくなるまで見送った。


帰ろうとした時、離れた所でゆりが立っていた。

ゆりも俺と同じように心の中で
おばあさんに手を振っていた。

『ゆり・・・!ゆりーーーー!』

俺は大声で叫びながらゆりの方へ走った。

ゆりは背を向け何も言わず
全力で走って行った。

『ゆりーーーー!ゆりーーーー!』


ゆりは家の中に入って行った。

『ゆり・・・ゆり・・・』

俺はドア越しにゆりに話し掛けた。

『健ちゃん、帰って!
 健ちゃんに会いたくないッ!
 健ちゃんの顔見るとつらい・・・。
 前にも言った!! 
 帰って・・帰って・・・帰ってよ・・・!』

ドアの向こうでゆりは泣いている。

『なぁ・・・。ゆり・・・・。
 あのメモ帳なら気にするな!!
 香織さんの勘違いなんや。。』

『もう・・・いやや。。。
 健ちゃんといると
 香織やおじさんのこと思い出す・・・』


『だから、健ちゃんとは別れたい・・・・』

ゆりは決心したように静かに言った。


俺は寂しそうなゆりの声を聞きながら
そっと話し掛けた。

『ゆり・・・お前の気持ちはよくわかった。。
 でも、今、別れるという言葉はやめよう・・・
 今は互いに会うのはやめよう・・・
      
 ゆりが苦しいのなら・・・
 会うのはやめるわ・・・・』

俺は何を話しているのかわからず
頭の中が動揺していた。

ドアの向こうで
ゆりの静かな泣き声が聞こえていた。


『じゃあ、俺、行くでなッ・・・』
俺は小さな声で言った。


俺はポケットから自転車の合鍵を取り出し
玄関にそっと置き、駅へ歩いて行った。


ピンク色のいわし雲が一面に浮かび
綺麗な夕焼け空だった。。

第8章 ふたりの距離

あれから数日が経過した。

二人は全く会っていない。


俺は会いたい気持ちでいっぱいだが
会うことを我慢していた。

手帳を読んだゆりの気持ちが
とても気になっていた。

俺には何もできない。
そんな自分に苛立っていた。

俺はあの日から毎日
香織さんの墓参りに行った。

それは香織さんにゆりの本当の気持ちを
ただ伝えたい気持ちからだった。

ゆりは今、部屋の中で苦しんでいる・・・。
せめてお墓の香織さんと両親に
ゆりの優しさをただ伝えたかった。


手をあわせている時は
ゆりとのいろんな思い出が
頭の中を駆け巡った。

おばあさんと二人で食事を作っていた笑顔。。

フルートを演奏していた静かな顔。。

砂浜ではしゃいだ顔。。

泣いていた横顔・・・。。

今日も 墓参りをし帰ろうとした時
俺と同い年っぽい女性が
向こうから歩いてきた。

そして香織さんの墓の前で立ち止まり
手をあわせた。

俺はもう一度、墓の方へ戻った。

『あのぉ・・。香織さんのお友達ですか。。』

『はい!香織とは保育園から同じで・・・』
 
彼女は明るい声で答えた。
短髪でボーイッシュな印象だ。

『・・・立花ゆりさんって知ってますか?・・・』

『・・・・・はぃ・・・。知ってます・・・』

彼女の声は急に小さくなった。

『俺、ゆりの彼氏です。。』

『あぁ・・そうなんですか。。
 私、ゆりと同じ高校なんです。 
 ゆり・・・最近、ずっと学校休んでいます・・・』

『そうなんですか・・・』

少しの間、沈黙が続いた。

『私・・・
 ずっとずっと・・
 ゆりを苦しめていました・・
 そしてここにいる香織もおじさんも・・・
 私は・・・』

彼女はうつむきながら冷静に話しかけた。

『私はここにいる香織を
 ずっといじめていました・・・
 私のせいで香織の親は
 命を落としてしまいました。。』

以前、ゆりから聞いた話を思い出した。
でも俺は何も言わず黙っていた。


『私たちが小学3年の時に・・・・・・』


以前、ゆりが話した内容と同じだった。


彼女はボールにくぎを刺した女の子だった。


小学2年までは三人で仲良く遊んでいたけど
3年生になって香織さんとゆりが
一緒のクラスになり仲良しになって
嫉妬していたこと。

言葉のイジメをしていたこと。

靴や鞄を隠したこと。

吹奏楽部を辞めさせたこと。

近所に悪い噂を流したこと。

高校になって似顔絵を書いて
机の上に"指名手配"と
書いた紙を貼ったこと。

机の上に花瓶が置いたこと。

すべて先生に隠れて
行っていた。

川で香織さんのお父さんが溺れて
怖くなって本当のことをずっと言えず
ゆりのせいにしてしまった以上
隠していることを守り通す為に
ずっといじめていたこと。

彼女は心の奥底の気持ちを伝えた。


『最近、ゆりがいなくなってから・・・
 私がいじめのターゲットになりました。
 昔のことを知っている子がいて‥
 私は絶えられなくなって
 3日前、退学したんです・・・
 来月から東京に行くんです。
 親から離れて暮らそうかなって。。』


『もし、あの時に戻れるんなら・・・
 いじめる いじめられる関係ではなくて・・・
 仲の良いあの頃の三人に戻りたい。。

 そして、嫌な思い出じゃなく
 良い思い出をいっぱい作りたい。。

 いじめている時はゆりを苦しめたくて・・・
 形だけの友達を失いたくなくて・・・
 ずっとそんな気持ちやった・・・

 私は友達の人生を狂わせてしまった。
 ・・・私の人生も狂ってしまった。

 いじめられて・・・
 初めて・・・
 ゆりの悲しさがわかった。

 本当の友情・形だけの友情がわかった・・・

 最低な人間でしょう...。』


彼女は涙ぐみながら静かに話した。
俺は何も言うことができなかった。

『高校1年の時にゆりに謝ったんです・・・。
 ゆりはもういいよ。。過ぎたことやから・・・
 って言って帰っていったんだけど。。。
 それからは何も話していなくて・・・』

『あなたのことは知っていました。
 ゆりが持っていた
 写真を見たことがあるので・・・』

『えっ・・・写真!』

俺は思い出した。


ゆりと海に行った時
見ず知らずのおじさんが
撮ってくれたポラロイド写真だ。

ゆりと二人でピースをしている写真。

二人で撮った写真はこれだけしかない。
ジャンケンをしてゆりが持つことになった写真。

『ゆりは毎日、写真を楽しそうに見てました。。
 教室でひとりぼっちだったけど
 なんだか嬉しそうだった。。』

『でも・・・』

彼女は悲しそうに話した。

ゆりが休み時間に写真を見ていると
二人の男子が写真を取り上げ
みんなに見せびらかせ
はさみで細かく切り刻んだと・・・。

普段は静かなゆりだが
教室に響き渡るぐらいの声をあげ
男子に殴りかかり、逃げていった男子を
追っかけて行ったと・・・

そして教室に戻り、床に落ちた写真を拾い集め
静かに涙を流しながら
セロテープで組み合わせていたと・・・

『私はみんなと一緒に黙って・・
 見ているだけで何もできなかった・・・』

俺の目からは涙が溢れていた。

『ゆりはあなたの写真を見ては
 いつもなんだか温ったかい顔をしてた。。
 毎日がなんだか楽しそうだった。
 でも教室ではみんなに距離をおかれてて
 私も関わらなかった。。 
 写真の時も助けれなかった・・・』

彼女は声を震わせ泣いた。

そして俺は思い出した。


だるまさんごっこをしている時に
ゆりが言った『ごめん!』を・・・

あの時の『ごめん!』はきっと写真のことだった!

そして、あの写真を大切にしていた
ゆりを愛しく思った。


俺は彼女を責めることができなかった。

『じゃぁ・・・』

そう言って二人は別れた。



この日の晩、俺はゆりに手紙を書いた。
生まれて始めて手紙を書いた。

『ゆり、今はとても苦しいと思います。
 高校に行く時、俺は電車の中で
 ゆりとの思い出を懐かしくみつめています。
 ゆりと出会ったこと
 過ごした時間を懐かしく思う。
 香織さんはゆりの親友。
 ゆりの気持ちはもう香織さんに
 伝わっていると思う。
 今からお墓参りに行くゆりの気持ち。
 香織さんには伝わっていると信じたい。
 ゆりには笑ってほしい。
 おばさんもきっとそう思っています。
 『人を本当に愛する』ということは
 とても深いこと。 
 おばさんとゆりを見ていていつもそう思っていた。
 ゆりが今の苦しみを乗り越えて懐かしい目で
 その思いを見つめる日が必ず来る。
 俺はその日が来るとずっと信じています。
 俺も墓参りに行きます。
 墓参りの後、俺達がはじめて
 デートの待ち合わせをしたホームで待っています。
 ただ、ゆりに会いたい。だから待っています。』

 
ただ心に思うことを書いた。
だから文章はまとまっていない。

手紙を書いている時
元気な笑顔のゆりが頭に浮かんだ。

この思いがゆりに届きますように。。
そう願いながら封筒に手紙を入れた。

次の日、俺は学校帰りに
駅員の牧野さんにお願いをした。

ゆりと俺は頻繁に電車に乗っていたから
牧野さんもゆりの顔は知っている。

だから・・お願いした。
もちろん詳しい事情なんか話さずに。


『・・・牧野さん・・
 ゆりに会ったら
 この手紙渡していただけますか。。』

『おお、ええよ!!』

『・・・お願いします・・』

『おぉ・・わかった!!』

牧野さんは何かを察したように
笑顔で了解してくれた。

ゆりは学校も休んでおり
家から一歩も出ていない様子だ。

しかし・・1日だけ希望があった。

数日後の香織さんの命日だ。

香織さんの命日にお墓に行く為に電車に乗る!
その1日を期待し、信じていた。

ゆりに会って渡すのがいいとも思った。
しかし、今の状態では受け取ってくれない。

俺はその1日だけを信じて牧野さんに手紙を渡した。


あれから数日が経過した。


今日は香織さんの命日だ。

朝5時の始発に乗り
墓で手をあわせた。

「ゆりが来たら気持ちを癒してあげてください。。」

そう心の中で伝えた。

牧野さんは渡してくれただろうか・・
ゆりは手紙を読んだだろうか・・・

そんな気持ちが頭の中でぐるぐると回転していた。

墓参りを終えて駅に向かった。

駅はいつも通りにぎやかな活気に溢れていた。

電車に乗り、あの日
ゆりと待ち合わせた場所に向かった。

電車の窓からは太陽が眩しく
キラキラと輝いていた。 

窓越しに立ち、電車の中を眺めた。

あの時、二人が座っていた席があった。
仲良く笑っていた二人。
やけにハイテンションだった二人。

あの時の記憶がゆっくりゆっくり甦った。

電車の中には楽しそうに話す
カップルや家族がたくさんいる。

悲しい時には、しあわせそうな人の輝きほど
目にまぶしく飛び込んでくる。

あの日、楽しそうに笑っていた二人を
こんな気持ちで眺めていた人もいたかもしれない。
そんな気持ちになった。

そして落ち込んでいる自分に言い聞かせた。


いつかこの苦しい状況から抜け出せる。
いつの日か昨日より今日。
今日よりは明日。
そんなふうに悲しみから
ゆっくり遠ざかっていこう。

ふたりの輝きをもう一度取り戻すために
俺が落ち込んでいてはいけない。


ゆりの笑顔がみたい。。
ゆりに会いたい。。。

そんな気持ちでいっぱいだった。


そう考えているうちに電車は
あの日待ち合わせた場所に到着した。

あの日、待ち合わせたホーム。


俺はホームを見渡した。


ゆりの姿はない。

時計を見ると午前8時だった。

ゆりはきっと来る。
心の中で強く信じた。

階段の方を眺めたり
電車が停車するとゆりの姿を探していた。

トイレへ行きたくなり急いで走って
また戻ったりしていた。

時間はゆっくりゆっくり経過した。

そして夕方になった。  
綺麗なピンク色の夕焼け雲が
ゆっくり流れていた。  

それから6時間が経過した。
時計はちょうど午後10時になった。

ゆりはきっと来る。
強く信じた!!

しかし、心の片隅では不安も抱いていた。

俺が書いた手紙を読んで
傷ついてしまったんではないか。。
牧野さんがちゃんと渡してくれただろうか。。
やはり、自分の手で渡すべきだったのだろうか。。
トイレに行っている時に
すれ違ったんではないだろうか・・・

いろんな不安が時間が経過すると共に
追い詰めていた。



そして最終電車が俺の前を通過した。



ゆりは来なかった。


俺は電車に乗ることもできず改札口を出て
歩いて家に帰った。

電車なら10分位だが歩くと2時間位かかる。

何もできない自分に苛立ち
ゆりのことが心配でたまらなかった。

ゆりの笑顔がみたい。
・・でも、自分と会ったらゆりを苦しめてしまう。。

そんな気持ちを駆け巡らせながら家に向かった。

第9章 伝えたい気持ち

あれから1か月が経過した。
二人は全く会っていない。

明日はおばあさんの誕生日だ。

俺はゆりとの約束をずっと気にしていた。

本当なら明日、おばあさんの家で
一緒に演奏を披露する予定だった。

桜の木の下で微笑んでいた
おばあさんとゆり。。

海で練習した日々。。

病院の屋上で聴いたゆりのフルート。。

大切にしていたフルート・・・

「俺たちは明日を楽しみにしていた・・・」
「でも・・・もう無理・・・・」
「ゆりの思いだけでも軽くなってほしい・・・」

いろんな思いが頭の中を
ぐるぐると回転して眠れなかった。

そして、俺は決心した。

明日の朝、早起きして老人ホームに
行こう!!
老人ホームの外からでもいい・・
おばあさんに『おめでとう』を言おう!!

会えなくてもいい・・・
おばあさんの近くから
ただ、あの日の二人の思い・・
『おめでとう』を伝えたかった。

次の朝、ギターケースを片手に
老人ホームにバスで向かった。 

ゆりとよく通った
海岸沿いに老人ホームがある。

バスの中は客が三人しか
乗っていないため静かだ。
窓の外はギラギラと太陽に照らされて
海が綺麗に輝いている。

隣にいないゆりを
思い出し、いろんな気持ちになった。

30分後にバスが到着した。

バス停から老人ホームまで歩いて
10分位の距離だ。

バスを降りると海岸から
静かな波音が心地よく聴こえてきた。

しばらく歩いているとフルートの音が
海岸から聴こえてきた。

耳を澄ましてよく聴くと
二人がいつも練習していた曲だった。

「ゆりだ!」
「きっと、ゆりだ!間違いないッ!!!」

俺はフルートの音色の流れる
砂浜の方へ無我夢中で駆け出した。 

必死に走った。

ゆりとの楽しい思い出が頭の中で
いっぱいいっぱい駆け巡っていた。

砂浜にはゆりがいた。

優しいような哀しいような
そんな横顔でフルートを演奏している。

ゆりッ。。
大声で声を掛けたい!
そんな気持ちもある。

でも・・
ゆりの演奏を静かに聴いていたい
もうひとりの自分もいる。

ゆりの演奏を
波音と共に静かに聴いた。

曲と共に出会った頃からの
ひとつひとつの思い出が
頭の中で駆け巡っていた。

なんだか懐かしいような
ニコッとするような・・
そんな癒された気持ちだ。

そしてゆりは演奏を終えた。

俺は思いっきり拍手した。

驚いて振り向くゆり。

『・・・健ちゃん・・・・・』

『俺もここに来たかったんや!!』

『ここからおばさんに届くかなぁ。。。』

『ゆり!行こッ!!』

俺はゆりの手を握り
老人ホームの近くまで走った。

『ここから、おばさんにおめでとう!!
 おめでとう!!を伝えよに。。』

俺は老人ホームの下から
2階の窓にを見た。

同年代ぐらい介護士の女性が
窓際に見えたから大きな声を掛けた。

『秋野さん、みえますかッ!』

『ああッ。ちょっと待っててね。
 今日は秋野さんの誕生日会なんですよ。。』

しばらくして窓越しにおばあさんが現れた。

二人はおばあさんの姿を見ると同時に
あの日、砂浜で練習した『涙晴の空』を
自然に演奏し始めた。

ゆりの目から
静かな涙が流れていた。

俺はこの日のために
何度も何度もゆりに教えて
もらったノートを見て練習していた。

窓越しにはおばあさんだけではなく
たくさんの老人さんたちが集まってきた。

俺の隣には静かに演奏するゆりがいて
上には優しい顔でおばあさんが微笑んでいる。

なんだか・・・とても温かい時間に感じた。

演奏はゆっくり終わった。

『おばさん、誕生日おめでとう!!!』

ゆりは大きな声で窓に向かって叫んだ。

俺も負けずと大きな声で『おめでとう!!』
と叫んだ。

『二人は私たちの孫なんよ。。
 春には桜、見に行ったり・・・』

おばあさんの小さな声が聞こえた。

おばあさんはホームの仲間に
にこやかな顔で説明していた。

『お~い~孫ッ!!ええぞ!
 もっかい曲聴かせてくれや!たのむわ~~』

元気そうなおじいさんが
窓越しに二人に声を掛けた。

二人は目と目を合わせてうなずき
もういちど曲を演奏した。

大きな大きな拍手が二人を包んだ。

二階の窓は老人さんの
笑顔でいっぱいだった。

おばあさんも窓越しから
おもいっきり拍手をしている。

そして、二人は演奏を終えた。

『ありがとうな!!
 最高の誕生日やわ!!また来てよ!!』

窓越しでおもいっきり手を振る老人さんたちに
二人も後ろ向きに歩き力いっぱい手を振り
ホームから離れた。

しばらくしてさっきの介護士の女性が
二人の元に走って来た。

『あのぅ、ご親戚のかたですか。。』

『いえっ、近所の者です。』

『そうですか。』

『そうですか。すいません。
 お騒がせいたしました。。』

『いいえっ、いいんですよ。。
 そんな意味で言ったんではなくて・・
 あんなに楽しそうな秋野さん、初めてみました。
 ぜひ、クリスマス会に来ていただけませんか。
 先ほどの曲を披露していただけませんか。
 みんな、絶対に喜ぶと思いますから。。』

『ええっ?!』

『二人で相談して明日
 電話させていただきます・・・』

二人は戸惑った。

介護士の女性はパンフレットを
渡し老人ホームに戻った。

バス停に向かいながら
なんだか気まずい雰囲気で
無言になり沈黙になる二人。

そしてゆりが静かに話し掛けた。

『おばさん、嬉しそうやった。。。
 よかった。。健ちゃんありがとう・・・・』

ゆりは静かにつぶやいた。

『俺も嬉しかった!!!』

『健ちゃん。手紙ありがとう。。』

『あっ・・牧野さんに頼んだんや。。
 読んでくれてたんや!!』

『うん・・。。
 健ちゃんに会うのが怖かった・・・・
 でも、健ちゃんのいうように今が大事。。
 今日の老人さんたちの笑顔を見て、そう思った。
 恐がって家にいたらあんな笑顔見れなかった。 。
 健ちゃん、ありがとう。。』

ゆりはにっこり笑った。

『ゆり、クリスマス会に行ってみよう。。』
 
『うん。。健ちゃん、ギターうまくなったなぁ。。』

『そうか!待ってました!!その言葉!!
 結構練習したんや。。
 またゆりと演奏ができて嬉しかったわ~ 』

『ゆりッ、クリスマス会行こにッ!!』

『うん!』


バスが停車した。


海はあの日、練習していた時と
同じような夕陽に染まり
キラキラと輝いていた。



あれから数週間が経過した。


おばあさんの家の空き地で練習する二人がいる。
ゆりはあの日以来、学校に行き始めた。
二人は学校帰りに公園で待ち合わせをして
いつも練習をしている。
 
                            
『健ちゃん、ここの弦を軽く押さえて・・・』

二人はクリスマス会が待ち遠しく
楽しそうな笑顔で会話している。

時間がタイムスリップしたような・・・
そんな癒された時間がこの場所に戻った。 

『健ちゃん、クリスマスやでさぁ。。
 サンタさんの衣装を着て演奏しやへん!』

『ええッ、サンタの衣装か?』

『うん!どう思う。。』

『ちょっと恥ずかしいけど・・・
 ええなッ!
 老人さんも喜ぶかなぁ。。
 白い髭、俺が付けてなッ!』
         
『ジャーーーン!    
 雑貨店で売っとったで買ったんや!!』 

ゆりは横に置いてあった紙袋から
男性用と女性用のサンタの衣装を取り出した。

『うわッ!びっくりした!!
 買ってたんや!びっくりするな~
 よしッ。張り切って練習するでッ!!!』 

『健ちゃん。。
 老人さんたち
 みんな笑顔でいっぱいになるとええなぁ。。』

『そうやなッ。
 俺たちが気持ちを込めて演奏すれば・・
 きっと伝わる。そう信じよに。。』

『健ちゃん、これ自転車の鍵・・』

あの日、玄関に置いて帰った自転車の鍵だった。

『ありがとう。。大切に持っとくわ。。』

二人の上には綺麗な夕焼け空が広がっていた。


あれから1週間が経過した。

二人は放課後、駅で待ち合わせをして
水族館へ向かった。

特急電車や乗換えで
2時間以上かかり今までで一番の遠出だ。

電車の中では、クリスマス会で
どう喜ばせようかいろいろと話していた。
なんだか二人ともわくわくして
時間があっという間に過ぎた。

午後6時を過ぎやっと水族館に到着した。
制服姿なのは俺たちだけだった。

タツノオトシゴハリセンボン、サメ、ウツボ
綺麗なさんご礁・・・・
いろんな海の生き物に夢中になった。

『健ちゃん、癒されるなぁ。。』

『癒されるなぁ。。』

静かな空間とキラキラと輝く魚の世界に
心地よい温かさを感じ魚が泳ぐように
二人の世界もゆったり流れていた。

そして、ゆりが急に走りだした。

『うわぁ、綺麗・・・』

銀色の光を輝かせ、反射しながら
数千匹のイワシが大きく円を描いてはうねり
神秘的な一つの生き物のように動いていた。

『思い出すなッ』『思い出すなッ』
二人は同時に話した。

『健ちゃんのロケット!!あのキラキラ感!!!』

『俺も今、思い出した!!』

二人は見つめ合い、恥ずかしそうにニコッと笑った。


『綺麗。。。』

ゆりはとても嬉しそうな顔をして
キラキラと輝くいわしの群れを見上げていた。

俺の知らない海の世界で
今も魚たちがこんな風に
生命を営んでいるのかと思うと
本当にすごいことだと思った。

そして、ゆりの見上げる
優しい目に温かさを感じた。


二人は時間を忘れ、ただただ感動し
終電車の時間をつい忘れていた。

地下鉄に乗り、特急電車のホームへ急いだが
終電車に間に合い
電車はまだ到着していなかった。

ゆりは疲れたのか息切れが激しく咳き込んでいた。

夜9時を過ぎ少し肌寒く
遠く離れたベンチに二人は座った。

『健ちゃん、今日は楽しかったわ。。』

『すごい癒されたー!!』

『健ちゃん、私、一度・・・
 『涙晴の空』 歌ってええかなぁ。。
 いつも演奏ばっかりやから。。』

『聴かせてくれるん!!』

『うん』

ゆりは俺の座るベンチの前に立った。

俺は大きな拍手をした。

元気いっぱいの笑顔で歌うゆり。
それに合わせ手拍子する俺。

歌が終わり大きな拍手をすると同時に
特急電車が到着した。

帰りの電車の中でも
クリスマス会のことをいろいろと話し
あっという間に2時間が経過し
いつものホームに到着した。

夜11時も過ぎたため、俺はゆりを家まで送った。

ゆりの自転車に久しぶりに乗り
二人乗りをした。

『健ちゃん、久しぶりの二人乗りやなぁ。。』

『そうやなぁ。。』

『あのなッ、駅前のあの音楽ショップの
 入口においてあるあの曲いいよね~』

『あの曲やろッ!ゆりもそう思う!』

ゆりとの何気ない会話に
俺は話しながらとても嬉しく感じた。

ゆりの家の前に到着した。
家は真っ暗でまだお父さんも帰宅していない様子だ。

『健ちゃん、ありがとう。。
 明日、また練習するから
 家まで自転車、乗ってってええよ。。』

『そうか。。もう終電やったから
 借りてくわ!!ゆり、また明日なッ!!』

俺はなんだかとても嬉しく
口笛を吹きながら家まで帰った。

風は冷たいが夜空の星はキラキラと輝いていた。


そして数週間が経過した。


今日はクリスマス会の日だ。

二人はバスに乗り楽しそうに話している。

海は太陽に照らされキラキラと輝き
二人にエールを贈っているようだ。

『健ちゃん、緊張するなぁ。。』

『なんだっ、ゆり。。顔が青白いで!!
 緊張しなくてええ。。
 いっぱい練習したんや。
 思いっきり披露しよッ!!』

本当は俺も緊張している。
でも・・強がって
ゆりに自信を持ってもらいたかった。

二人は2日前にいろいろと考えた。

老人さんたちに歌詞を読んでもらう為に
手作りで歌詞カードを書いた。

電話で介護士の方に
老人さんひとりひとりの名前を教えてもらい
歌詞カードにはメッセージも書き入れた。

色鉛筆で丁寧に1枚1枚塗り
愛情のこもった手作り歌詞カードが出来上がった。

そして演奏だけではなく演奏が終了したら
みんなにあめを配ろうとも考えていた。 

そしてバスは停車した。

『よしッ!やるだけのことはやった!!
 出発ーーーー!』

張り切る俺。

『よーーーし!いざ出発ーーーー!!!』

負けじと張り切るゆり。

バスを降りると波音が心地よく聞こえている。

そして二人は老人ホームに到着した。

介助員さんに案内され食堂に行く二人。

食堂にはクリスマス会と大きな看板があり
「ようこそ高校生サンタクロース」と書かれていた。


二人はドキドキしていた。


老人さんたちの部屋に歌詞カードを配るため
更衣室に行きサンタクロースの衣装に着替えた。

『健ちゃん、どうこの衣装!!』

『かわいいサンタさんやなぁー』

『俺はどう!』

『よく似合ってるわ!髭がぴったりやぁ!!』
 健ちゃん、最初に歌詞カード
 おばさんに渡しに行こにッ!』

『そうやなッ!』

おばあさんの部屋に向かう二人。

部屋は4人部屋だ。

窓際におばあさんがいて外の景色を眺めている。

『おばさんッ!健介です!』

『・・・・』

おばあさんの目は寝起きのようにうつろだ。

『おばさんッ。。健介!』

『・・・・』

『おばさん。。』

『・・・・あんた誰や。。知らん・・・』

俺は髭をはずして
おばあさんににっこり笑った。

『なにッ。あんたら。知らん!誰や・・・』

『ええッ!おば・・さん・・・』

『おばさん、健ちゃんやに・・忘れたん!!』

『知らんなぁ・・・』

『じゃあ、私は・・・
 ゆりやにッ・・・』

『ゆりッ・・・ 
 あんたはよく覚えとるッ!!』

『あぁ、よかった!!だったら・・・
 なんで健ちゃんを・・・』
 
『近所の人たちに聞いてるわ!!
 あんたの名前は!!
 あんたのせいで
 わしはひとりぼっちや!!!!
 息子を返してよッ!!息子を返してよッ!!』

おばあさんは真っ赤な顔でパニックを
起こしたように大声で泣き叫び
ゆりが渡した歌詞カードをしわくしゃに破いた。

床には破れた手作り歌詞カードが
バラバラに散らばった。

ゆりは無言になり震え
その場から思い切り走っていった。

俺は追いかけ
必死でゆりを探した。

そしてゆりを見つけた。

ホームの外の塀の所に
しゃがみ込み泣いていた。

『健・・ちゃ・・ん。
 もう・・もうあかん・・・・・・
 私は大切なおばさんまで・・・・もうあかん・・』

『ゆりッ!ゆりッ!』

『健ちゃん、みんな・・
 待っ・・てるから行ってきて・・・・』  

涙声で伝えるゆり。

介護士の女性の方が
二人を探して俺たちの前に来た。

『秋野さん、以前から
 認知症が進行していて・・・
 近所の方も訪問にみえるんですが・・・
 先日、近所の方たちがみえてから
 興奮気味でして・・
 申し訳ございません。
 何か気に障る事、言われましたか・・』

俺は何も答えることができなかった。 

『申し訳ございません。
 こちらビリビリになってしまって・・
 秋野さん、最近はイライラしたり攻撃的なんで・・
 本当に申し訳ございません。
 近所の方々にも今日来ていただくよう
 お伝えしたのですが来ないとのことで・・
 彼女のこともよく知っていると
 おっしゃっていました。』

そういいながら細かくなった
歌詞カードを俺に渡した。

手のひらにはビリビリになった歌詞カード
が小さな山のように積もった。

ゆりと二人でウキウキしながら
作った歌詞カードが手の中で
ギュッと握り締めていた。

『食堂にいますんで・・・
 落ち着いたら来てください。。
 無理だったら私が歌いますので。。
 無理はしないでください。
 私が園長に頼んだせいで‥』

二人の雰囲気を察してかそう言って
この場からいなくなった。

『ゆりッ、ゆりッ』

しゃがみ込み頭を抱えているゆり。

『もうあかん!もうあかん!・・・』

『何があかんのや!』

『私はおばさんの心まで傷つけとった・・
 最低の・・最低の・・女・・・
 私なんか、死んだほうが
 消えたほうがいい!!!
 死んだほうが・・・
 健ちゃんもそう思っとるんやろッ!!』


大きな声で涙を流しながら
俺の服を掴むゆり。

『健ちゃんもそう思っとるんやろッ!!
 健ちゃんもそう思っとるんやろッ!!』

『ゆりッ!!!何を言っとんのやッ!!!』

俺は大声を荒げた。

『ゆり・・・
 お前が苦しい気持ちの時は
 俺もめっちゃくちゃ苦しい!!
 お前が嬉しい顔をしている時は
 俺もめっちゃくちゃ嬉しい!!
 ずっとずっと一緒に考えてきたやないか。。
 おばさんは認知症になったんや。
 こんな時やからこそ二人でおばさんを勇気づける!
 俺らはおばさんを喜ばせる為に
 練習してきたんやろ。。』

俺はゆりに大きな声を出してしまった。

黙り込み、しゃがみ込むゆり。
   
『おばさんがあんな言葉を本心で言ったと思うか。。
 言ったのはきっと寂しかったからや。。。
 お前が今までずっとずっとずっと
 おばさんの悲しみを埋めてきたんや。
 晩御飯を作っておばさんを心から笑わせて・・・
 誕生日に思いっきりおめでとうを言って・・・
 お前は誰よりおばさんを勇気づけてきた。。。』
 
『きっとそうや。。。
 お前はおばさんの勇気や喜びや
 生きがいやったんや。。
 お前と離れたおばさんは寂しかった。。
 お前にはそんな力があった。。
 おばさんの言葉に振り回されたらあかん。
 お前はお前・・・
 俺はお前の勇気や努力を知っとる。
 お前はお前のままなんやッ。
 何ひとつ変わってないでッ!!!』

俺は何を言っているかも
わからず必死に伝えていた。

静かに話す俺の顔をゆりはじっとみつめていた。


『お前のことを大切に思っていた
 おばさんの心をそっと
 あたためてあげよに。。
 今は二人で闘う勇気を持とう。。
 食堂に行って待っている
 老人さんたちを勇気づけよう。。』

俺は静かに伝えた。

今日、演奏をしないまま帰ったら
ゆりが余計苦しむと思ったからだ。



しばらくの間、ずっと沈黙が続いた。



『健ちゃん、ごめんな。。ありがとう。。
 私たちおばさんを喜ばせる為に
 ここへ来たんやな。
 無理かもしれへんけど・・
 おばさんの心が昔に戻るように・・・
 私たちと笑顔でいた頃を思い出すように・・・
 私たちがそこから逃げたらあかんよね。。』

ゆりはそっと立ち上がった。

『行こう。。健ちゃん!』

俺は黙ってうなずいた。

二人は見つめあい
静かに微笑みホームに戻った。

すでにクリスマス会が始まっていて
2階からは楽しそうな声が響き渡る。

介護士の女性に10分後に
食堂で演奏を開始すると伝えた。

俺はどうしてもこの10分で
やりたいことがあった。

さっき手のひらで握っていた
おばあさんの歌詞カードを
元の状態にしたかった。

事務所の人にセロテープを借りて
更衣室に戻り、細かく破れた
歌詞カードを張り合わせた。

ゆりは黙って俺の後姿を見ていた。

『健ちゃん、私がつなげるわ。。』

ゆりはセロテープを細かく切り
ひとつひとつを繫ぎ合わせた。

ゆりの目からは涙が溢れていた。

俺は涙をこらえ
その姿をじっとみていた。

ゆりの胸元には
あの日、プレゼントした
指輪が光っていた。

あの日、砂浜で
楽しげにはしゃいだ二人。。

今、目の前にひとつの文字を
繋ぎ合わせるゆりがいる。


俺はゆりを後ろから抱きしめた。


元通りとはいえないが
ひとつの歌詞カードに戻った。

『健ちゃん、これ。。。』

『戻ったな。。。』


ゆりは涙を拭いて
にっこり微笑んだ。

俺もとても嬉しかった。


そして、サンタクロースの衣装を着た
二人は食堂に入った。

老人さんたちの拍手が
食堂の中に響きわたっている。

俺はゆりの手を握り
思いっきりスキップした。

思いつきのアドリブだ。

ゆりも戸惑ったが
俺に合わせてスキップした。

『どうもーーーー。
 今日、皆様と一緒に過ごさせていただ
 サンタクロースです~~』


『・・・・』

少し戸惑うゆり。

『・・・はーいい!サンタガールで~す~』

ゆりは昨日の打ち合わせどおり
精一杯の明るい声を出した。


『今日は皆様に私たちの音楽を
 聴いていただきたくてここに来ました。
 歌詞カードがありますのでみてください。。』

『前の若者やなっ!!がんばれよっ!!』

二人は老人さんたちに
歌詞カードをゆっくり配った。

俺は貼り付けた歌詞カードを
おばあさんに渡そうとした。

『健ちゃん・・・私に渡させて・・』

ゆりは歌詞カードのシワを伸ばし
おばあさんに手渡した。

おばあさんはさっきのことを忘れたかのように
ボーッと天井を眺めている。

『おばさん、私たちの夢、演奏するでねッ。。
 おばさん、聴いててね。。』 

優しく耳元で話し掛けるゆり。

おばあさんはボーッと天井を眺めている。

『おばさん、聴いててね。。』 

俺もゆりとおばさんを見つめながら
聴いててなっと心の中でつぶやいた。

二人は手をつなぎスキップをしながら
小さな舞台へと向かった。

小さな舞台にそっと座る二人。

『聴いてください。。涙晴の空!!』

老人さんたちの大きな声援と拍手に包まれた。

『よし・・ゆり。。やるぞッ。。』

『うん・・』

静まった食堂に
ギターの音が響きわたる。

ギターのバックに
フルートがゆっくりと響く。

そして俺が歌い始めた。

俺は演奏しながら老人さんたちの顔を見た。

みんな優しい顔をして演奏を聴いている。


そしておばあさんの姿も探した。


さっきまで天井を見上げていたおばあさんも
二人をじっと見ている。
そして小さな手拍子をしていた。


とても嬉しかった。


初めて病院で会った日。
おばあさんと誕生日会をした日。
楽しそうにゆりと料理を作っていた姿。
花見ではしゃいでいた日。
だるまさんがころんだをした日。
そして・・家が壊された時の悲しい目・・・

いろんなおばあさんの表情が
頭の中を駆け巡った。

こらえていた涙が溢れ出てきた。

涙声で歌う俺。

横を見るとゆりの目からも
涙が溢れていた。

 

第10章 決心

涙が溢れ歌声が震えた。

演奏を優しい目で見守る老人さんたち。

時間は静かにゆっくりと流れ
二人が演奏を無事終えた瞬間
食堂に大きな拍手と歓声が沸き上がった。

『ようやったぞ!』

『最高やなぁ!』

『おい!若いもん、最高やッ!!』


『今日はサンタクロースのお二人
 ありがとうございました。
 心に響く音楽に感動いたしました。
 お二人からここにいる皆様に
 クリスマスメッセージをどうぞ。』


介護士の女性がマイクを俺に向けた・・・
急な挨拶に少し戸惑った。。


しばらく沈黙が続いた。


『あまりにも音楽に気持ちを入れすぎて
 涙がでました。。
 この場所にはいろんな気持ちが
 集まっているように感じます。
 皆様は私たちの大先輩で・・・
 今日までいろんな人生を
 歩かれてきたと思います。
 その中で嬉しい気持ちや悲しい気持ち
 勇気や迷い・・
 誰かを好きになったり、けんかしたり。。
 いろんな思いと向き合われたと思います。
 そこで今日、私たちとの思い出ができました。
 思い出って忘れてしまう時があります。。
 でも・・忘れても心にその時その時・・・
 大切にしまってあればそれでいいと思います。
 私たちには今という大切な時間があります。
 今という時間、小さなしあわせを
 少しでも感じることができたなら。。
 それはそれで最高だと思います!!!
 メリークリスマス!!
 皆様お元気で。。また会いましょう!!』


俺は元気な声で老人さんたちに
気持ちを伝えた。

ゆりはその姿を見て
隣で優しく微笑んでいた。


『皆様に私たちから
 小さなプレゼントがあります!!』
そう言いながら老人さん一人一人に
握手しながら小さな袋に入れたアメを配り
クリスマス会は終了した。


二人は帰る前におばあさんの部屋に向かった。


黙って外を眺めるおばあさん。


『おばさん、演奏どうやった。。』

恐る恐る声を掛けるゆり。

『あぁ、よかったなぁ。。。よかったなぁ・・・』

落ち着いて静かに答えるおばあさん。

『おばさん、また来るわな。。元気でなッ!!』
俺は元気よく声を掛けた。

『まぁ、いつでも来てな。。』

おばあさんはそう言いながら
先ほど渡したアメをポケットから出した。
『これなッ、スーパーでさっき買ったから
 あんたたちで食べてな。。』

ゆりは優しく微笑んで受け取った。

『おばさん、ありがとう。。』

窓の外を黙って眺めるおばあさんを
見つめながら二人は部屋を後にした。


ゆりは何か考えている様子で
ずっと無言だった。


歩きながらしばらく沈黙が続いた。


老人ホームの門を出ようとした時・・
『健ちゃん、ちょっと来てッ!!』

そう言いながら
ゆりは走って老人ホームに戻った。


その時、ゆりにとって
大きな決心が芽生えていた。

ゆりは老人ホームの廊下を走足で歩いた。

俺は歩きながらゆりに話しかけた。

『ゆり、どうしたんや!!』

『私がしなければならないことがある。。』

そう言いながら園長室の前で立ち止まった。

『健ちゃん、待ってて。。。』
ゆりは真剣な顔で俺をみつめながら
ドアをノックした。

ドアの向こうから『どうぞ!』と声がした。

ゆりは部屋の中に静かに入って行った。


老人ホームの廊下は夕焼けでピンク色に染まり
先程のにぎやかな雰囲気が幻のように静かだ。


俺は窓から海を眺めながら
ゆりとおばあさんとの思い出を
何気なく思い出していた。

さっきの介護士の女性が
俺の隣に来た。

『今日はすいませんでした。
 みんな笑顔で喜んでいましたッ!!
 ありがとうございました。。
 彼女につらい思いさせてすいませんでした。。
 ここの海綺麗でしょ!!
 癒されますよ~』

そう言って廊下を歩いて行った。

30分位経過した時、部屋から
ゆりが出てきた。

何だかホッとしたような
うれしい顔だった。

『健ちゃん、私、土日だけなんやけど・・
 ここでボランティアとして
 働かしてもらおうと思う!!
 少しの時間でもええから
 おばさんの傍にいたいんや。。
 私がいろんな老人さんの
 癒しや力になれたら嬉しいなぁ。。』

『最初は高校辞めて働きたいという気持ちを
 伝えたら園長にそれはダメだと言われた。。
 高校は卒業しなさいって。。
 就職はそれからでも遅くはないって!!
 園長は真剣に私の話を聞いてくれた!!』

ゆりはにっこり微笑んだ。

部屋の中で、ゆりがどんな気持ちを
伝えたかはわからない。

だが・・・
嬉しそうなゆりの笑顔をみているだけで
とても温かい気持ちになった。

さっきの介護士の女性が
ジュースを2缶渡しに来てくれた。

『ありがとうございました。
 これ、飲んで帰ってください。。
 帰りに海みていってくださいね。
 癒されますよ~』

『今日はありがとうございました。。』
二人は同時に言った。

『タイミング同じだね~』
介護士の女性が言った。

三人は微笑んだ。


俺とゆりは砂浜に座り海を眺めた。

『健ちゃん、ありがとう。。
 あのまま帰っていたらあかんだわ。
 ありがとう。。』

『ゆり、焦らんと
 ゆっくりでええんやでな。。』


何気ない会話と波音に
二人の気持ちは癒された。


あれから2ヶ月が経過した。

2ヶ月間いろんなことがあった。
ゆりの誕生日には
昼なら大丈夫だろう・・・ということで
ずっと練習していた砂浜にも行った。

二人にとって凄く懐かしい場所のようで
とても嬉しくハイテンションだった。。

いつも座っていた流木が同じ場所にあり
ここに座り、『涙晴の空』を演奏した。

家に帰っても爽やかな潮風と波の音が
耳に残っていた。

ゆりはこの2ヶ月間、土日は
休むことなく老人ホームに通った。

だから・・・俺とゆりが会える日は
学校のある平日か祭日だけだった。

二人は学校帰りに駅のホームで待ち合わせをして
日が沈むまでいろんなことを話した。


オムツ交換、入浴介助、食事介助・・・

ゆりにとって今まで経験したことのない
驚くことばかりだったようだ。

自分と香織さんの家族は
不幸ばかりが続き責めていたが
このホームにもこんな経験を
している人がたくさんいると知ったこと。

辛かったこと、勉強になったこと
おばあさんのこと、誕生日会のこと・・・
そして、老人さんたちにも人気があること。。

目を輝かせてホームの話をするゆりをみていて
とても幸せな気分になった。

行事はゆりの楽しみのひとつで・・・

みんなで歌ったりする時は
ゆりのフルートの出番で
普段、ボーッとしている
おばさんもにっこりと
みつめていたみたいだ。

節分ではゆりが鬼となり
老人さんたちに豆をぶつけられ
面白い鬼だとみんなを楽しませた様子だ。

カラオケ大会に俺も参加させていただき
ゆりが男役、俺が女役のメイクをして
二人でデュエットをした。
俺のメイクにはみんな大爆笑だった。
おばあさんも笑っていて嬉しい気持ちになった。
隣でゆりも大爆笑している写真が
ホームに飾られた。

ゆりは老人ホームに通うようになり
いきいきと輝いていた。

俺も老人ホームで働きたいと
思ったこともあった・・
おばさんと何か大切なことをみつけるために
きっと老人ホームに通っている。。
だから、ゆりの気持ちを考えると
老人ホームには行かないほうがいいと考えていた。


3月になってからお互いにすれ違いが多く
駅のホームで待ち合わせをする時間がなくなった。

ここ2週間の間・・・
ゆりから電話もかからず
俺からかけても留守ばかりだ。

そして、春休みにはいった。
来月からは二人は高校3年になる。

今は春休みなので・・・
ゆりは老人ホームに毎日のように通っている。
だから・・・会えないし電話がかからない。
忙しくて疲れているんだろう。。
そう思っていた。


久しぶりにゆりから連絡があった。

『健ちゃん、久しぶり。。
 元気やった!!あのな・・・。。
 明日、会える。。』
     
『ゆり!!久しぶり。。忙しかったのか。。
 俺も会いたかったんや!楽しみやなぁ!!!』

『じゃぁ・・・1時に
 いつもの公園で待っとるね。。』

『わかった!!』


二人はおばあさんの家(現在・空き地)の
近くの公園で待ち合わせをした。

次の日、俺は久しぶりにこの駅で下車した。
ゆりとは駅のホームで会うことが多く
音楽ショップも無くなり
おばあさんの家も無くなった。。
最近は、この駅で降りることもなくなっていた。

駅員の牧野さんの姿を探したが
全く見当たらない。
他の駅員さんに聞くと
違う駅に異動されたみたいだ。

バスに乗り、公園に向かった。
バスの窓から眺める景色は
とても懐かしい気がした。

バスを降り、公園に到着した。

公園のブランコにゆりが座っている。


うつむいて何だか悲しそうな顔だ。

『ゆりー。。久しぶりッ!!
 電話してもつながらへんし
 心配しとったんや。。。
 マスクつけてるけど風邪ひいとったんか。。』

『健ちゃん。。久しぶりやなぁ・・・ごめん。。
 なかなか連絡できやんだ・・・・・』

俺もブランコに座った。

『健ちゃんとブランコ・・・
 久しぶりに乗るなッ。。』

『そうやな!!ゆりッ・・おしてあげよかッ!!』

そういって俺はゆりの背中をそっとおした。

『今日の空、綺麗やなぁ。。』

『綺麗!!雲ひとつないなぁ!!』


しばらく二人はブランコに乗り
花見に行った話、練習した話・・・
いろんな話をした。


『あのな・・・・・だるまさんが転んだ
 久しぶりにやらへん。。』

『いいなぁ~やろう!!』

『健ちゃん、鬼やってよ。。』

俺が鬼になり、木に顔をあてた。

『だーるーまーーさんーーがころんだ!!』

『だーるーまーーさんーーがころんだ!!』

一歩一歩近づくゆり。

『だーるーまーーさんーーがころんだ!!』

『だーるーまーーさんーーがころんだ!!』

あと5歩ぐらいの場所でゆりは立ち止まった。


『健ちゃん、後ろ向かんとで聞いとってな。。
 健ちゃん、私、今・・入院しとるんや。
 ずっと前、高熱が出て
 治ったけどまた熱が出て。。
 病院に行って・・・診察したら・・・・
 肝臓と脾臓が腫れているから血液検査をして・・
 そしたら検査入院って言われて・・・
 親父が検査入院ばかりすすめるから・・ 
 親父に強く聞いたら・・・ 
 白血病って診察されたみたいなんや。。。』

『えっ!ゆり!!』

数年前、女優の夏目雅子がこの病気で
亡くなったことが頭と心の中を同時に駆け巡った。

『振り向かないで!!』

うきうきしていた気持ちが大きな音をたてて
心の中で崩れ頭の中は真っ白になり
全身の力が抜けていく感覚だった。

『ゆりッ!!』

『振り向かないで。。』

俺は取り乱したりせず
落ち着いて話を聞く心の準備をした。

白血病っていう難しい病気なんや。。
 健ちゃん、今年は受験勉強やろッ。。
 会わんほうがいいんやないかなって。。
 私といたら迷惑かけてしまう。。
 私のことは気にせず勉強に専念してな。。
 私は治療に専念するから。。。』

『私なりにだけど・・すっごい・・・考えた・・・
 私は健ちゃんとの思い出を心にしまっておく。
 だから・・今は距離をおいたほうが
 健ちゃんにはいいんじゃないかなって。。。
 受験に集中できるんじゃないかって。。。』





しばらくの間、沈黙が続いた。





『それでもなッ・・健ちゃん・・・
 それでも・・・・
 健ちゃんが私といてくれるのなら
 背中にタッチさせて。。。
 だめなら今すぐに・・・
 私の顔をみて・・・帰っていって・・・
 ごめんな。。こんなことを言って・・・・』

周りの音が全く聞こえず
俺は自然に大きく息を吸っていた。


『だーるーまーーさんーーがーーーーーー』

空に響く位の
大きな声を思いっきり出した。


『だーるーまーーさんーーがーーー』
 がーーーーーーゆり!!!
 はよーータッチしてくれッ!!!
 息が苦しい~ーーーー』

『健ちゃん。。』

ゆりは俺の背中にそっとタッチした。


『俺はお前が大好きやッ!!
 いつだって傍にいる。。』

俺はしゃべろうとしても
涙が溢れてきそうで空を眺めた。
ただ元気な俺をみせたかった。

ゆりの前では泣かないとさっき決心していた。
血がにじむほど唇をかみしめ涙をこらえた。

何も言わずゆりをしっかりと抱きしめ
『絶対に大丈夫。必ず治る!!』と笑った。

ゆりもニコッと笑った。

そして、木にもたれながら 『涙晴の歌』を
二人で歌った。

二人が出会った時からの思い出が
ゆっくりゆっくり頭の中で駆け巡っていた。


『入院してるんやけど。。
 どうしても健ちゃんに会いたくて。。
 一時外出させてもらったんや。。
 今朝まで言おかどうか迷ったけど
 本当のことを伝えられて本当によかった。。
 健ちゃんありがとう。。。』

『健ちゃん、2度目のお願いになったな。。』

『2度目・・・』

初めてのお願いはいつだったんだろう。。
俺はそう思いながら首をかしげた。

『あッ!!そうだったなぁ。ごめん。。』
俺はとにかく返事をした。

『ああ。。ゆりお願いなんか何度してもええで!!
 俺もゆりにこれから
 お願いいっぱいするやろし。。』

『健ちゃん、ありがとう。。。』


しばらくしてゆりのお父さんが
自動車で迎えに来た。

二人は自動車の方へ歩いた。


『どこに入院しとんの。。』

『健ちゃんが入院してた市民病院。
 今はいろんな治療で会える
 状態じゃないから見舞いはいい。。。
 落ち着いたら絶対に電話するから。。。
 必ず来てね。。
 受験勉強も頑張ってよ!!』
そう言いながら、自動車に乗り込むゆり。

『木下君、久しぶり!またゆりに会いに来てな!』

『はい!もちろんです!!』

『久しぶりって。。会ったことあんの!!』

『ああ、ゆりを迎えにきた時にちょっとな!』

『そうなんや。。』

ゆりの病気を通して
親子の大切な絆が戻ったのかもしれない。。
彼女とお父さんの会話を聞いていて
そう感じた。


『さあ、木下君、行くよ!!』

『健ちゃん、またね。。』

『ゆり、あまり頑張ろうとするなよ!
 リラックスして!!』

『ありがとう。。。』
ゆりの頬は涙で濡れていた。

『ゆり、またなッ。。』

『健ちゃん、また。。』



自動車はゆっくり走って行った。



自動車の中から手を振るゆり。


『大丈夫。絶対に治る。ゆりは元気になる!』
この言葉を何度もこころで繰り返し
ゆりが見えなくなるまで手を振り続けた。


ゆりと日が暮れるまで練習した公園が
涙でにじんでいた。

俺はゆりと別れた後
頭が真っ白になり部屋の中でボーッとしていた。

「ゆりが白血病。信じられない。。」

そんな気持ちが頭の中で何度も何度も
ぐるぐると回転していた。

次の日もその次の日も
何もする意欲もなく
ただゆりの病気のことを
考えているだけだった。

今までの輝いた日常から
真っ暗闇に突き落とされたような。。

ゆりとの思い出だけを思い浮かべ
ボーッとしているような。。

ゆりを必ず助けると言ったのに・・
ただ、ゆりを失う恐怖だけに怯えていた。

今までは一日学校が早く終わり
週末がくるのが楽しみだったが
少しでも1日が長くなってほしいと感じた。
ただ、その寂しさだけを
みつめる日々がしばらく続いた。

1週間後にゆりから電話があった。

『健ちゃんーーーー!!!元気!!! 』

『ゆり。。。』

『あのね!!昨日、ちょっとだけ
 病室でフルート吹いたんやッ。。』

楽しそうに話すゆり。

『ゆり、大丈夫なんか。。』

『大丈夫!!
 ・・・辛い時もあるけど。。
 私には健ちゃんという最大の味方がいる!!
 病気なんかふっ飛ばしてやる!!
 毎日そんな気持ちやに。。。』

『・・・ゆり!そうやな!!
 俺らの力で病気なんかふっ飛ばしてやろう!
 来週の土曜日、会いに行ってええか!!』

『ええよ。。病院の8階やにッ!
 髪の毛が今ないんやけど。。
 一休さんみたいやに!!』

『そうか。。一休さんか!
 じゃあ・・とんち勝負しよう。。
 なぞなぞするからな
 ゆりも考えといてなッ!』

『うん!!わかった!!
 いっぱい考えとく!!楽しみやなぁ。。
 健ちゃんにみせたい物もあるんや。。。』

『みせたい物!!なになに!!』

『それは・・・会ってからのお楽しみッ。。。』

『楽しみにしとくわッ!!』

『土曜日の昼過ぎに行くわな!!
 またなッ!土曜日ッ!』


『あッ・・健ちゃん・・
 それとギター持ってきて 一緒に演奏しよ。。』

『わかった!!演奏しよ!!』

『うん。。じゃあ、来週。。。』

電話の受話器を置いた後・・・
俺は今までの自分が情けなかった。
そして、ゆりの元気な声を聞いて
とても嬉しかった。。

俺は次の日から図書館に行き
白血病についていろいろと調べた。

ゆりのことをただ悲しく思い
ボーッとしていた気持ちが
病気について調べようという
前向きな気持ちに変わった。

一緒に未来の夢を語り合い
何でも受け入れていこうと信じることにした。

白血病の本、免疫の本・・・
そして、ゆりをお腹の底から笑わせるような
なぞなぞを考えた。

あれから1週間が経過した。


俺は自転車に乗り
ゆりの入院している市民病院に向かった。

カゴに紙袋が入っている。

紙袋の中には1枚1枚の画用紙に
絵も描き込んだなぞなぞがたくさん入っている。

先週から徹夜で仕上げたなぞなぞだ。

そしてもうひとつ。。
ゆりを驚かせるプレゼントが入っている。

ゆりと会うことがすごく楽しみで
昨日は全く眠れなかった。

図書館で読んだ本には
こう書いてあった。

『笑うことが免疫をあげる』

ゆりをお腹の底から笑わせたい・・・
そんな気持ちでいっぱいだ。


市民病院に到着した。


俺が入院した時、ゆりとこの病院で
過ごした日々のことを思い出した。

あの時は、おばあさんもゆりも元気だった。

ゆりの笑顔。
ゆりの涙。
ゆりの演奏。

この病院にもゆりとの思い出がたくさんある。

ゆりと老人ホームで演奏したい。
ゆりと自転車の二人乗りがしたい。
ゆりと何気ない話で盛り上がりたい。

・・・今の俺には笑わせることしかできない。
絶対、二人でこの病気に勝ってやる。


いろんな気持ちを抱き
エレベーターのボタンを押した。


8階で明るい表情でエレベーターを降りた。


ゆりの名前を探したが
全く見つからない。

看護婦さんに尋ねることにした。

『あのーー立花ゆりさんの
 病室はどちらですか・・・』

『・・・・あっ・・・
 立花さんのどういったご関係ですか・・・』

『あのーー恋人です・・・』

『立花さんは昨日、亡くなられました。。
 本日、お家にみえると思います。
 この度はご愁傷様です・・・・・・
 私もお父様と一緒にいたんですが 。。』

『・・・・・・』

俺は病院の廊下を必死で走り、階段を駆け下り
ゆりの家に向かって無我夢中で自転車を漕いだ。

風の流れや空の様子は全くわからないぐらい
ゆりとおばあさんとの思い出だけが
頭の中の思い出が駆け巡っていた。  


ゆりの家の前に
お父さんの自動車が止まっていた。

自転車を倒しドアを開け何も言わず
家の中に入っていった。

仏間でお父さんは
肩を落とし泣いている。

お父さんの前には
顔を白い布で覆ったゆりがいた。

でも・・ゆりだと信じたくはなかった。。

『木下君・・・来てくれたんか。。』
お父さんの声が微かに聞こえた。

お父さんの横に座り
白い布を少しずらした。


ゆりだった。。


髪の毛は1本もなく
痩せていた。

でも、ゆりだった。。


俺はただ静かにゆりの顔をみつめた。


ゆりと公園で会った日・・・
最期だとわかっていたなら
もっと笑顔をみつめていた・・・

ゆりと電話で話した日・・・
最期だとわかっていたなら
病院へすぐに行って
ゆりを強く抱きしめていた・・・

いろんな後悔が
心の中を回転した。

俺はゆりが苦しんでいる時に
なぞなぞなんかを考えていた。

そんな自分に腹が立った。

隣にお父さんがいることも忘れ
紙袋から画用紙を出しビリビリに破いた。


破っていてあの瞬間が
頭の中を駆け抜けた。

老人ホームの更衣室で
歌詞カードを繋ぎ合わせたゆりの笑顔。


そんなことをしたって
ゆりは笑わない。。

俺は破るのをやめた。

そしてゆりに謝った。

それからしばらくの間、あまり記憶がない。

ゆりの冷たい手を握り
ただボーッとしていた。


『木下君、これ・・・・』

お父さんはノートを俺に渡した。

ゆりが入院の際に
病院に持っていったノートみたいだ。

表紙には『心の中の大切な日記』と書いてある。

『木下君にノートをみせて・・・
      それが最期の言葉だった』

俺はお父さんの横で
ゆっくりノートを開いた。






第11章 見つからなかった宝物

そっと、日記を開けた。


ゆりの誕生日が日記の一番最初だった。
そこからいろんな気持ちが書かれていた。

俺は思い出した。
誕生日に話していた言葉を。。


『健介君、ありがとう。。
 今日のこと忘れないように日記に書くねッ!!』


自分の記憶と懐かしい思いが重なり合って
ゆっくりゆっくりページをめくった。


☆日記をなんだか書きたい気分になった。
健介君と出会って楽しい毎日。
ケンカをした時は私から謝らなかったなぁ。。
反省とッ・・
おばさんの家で誕生日をした時から
なんだか温かい気持ち。。
香織のことはショックだった。
健介君はおばさんと私に
明るい元気をくれる。
健介君と海に行って告白された。
とても嬉しかった。ドキドキだった。
海で健介君と話している時間が
とても癒される。。
今日は私の誕生日。海で花火をした。
私にとって久しぶりの花火!とても綺麗だった!!
健介君から指輪をもらった。
パラシュートから・・・・
これはきっと忘れないから書きません。。
昨日、本を見て作ったチョコを渡した。
おいしいか・・・どうか・・・
今ごろ、食べてるかな。。
私は健介君が大好きだ。。
おばさんの風邪が治りますように。。


☆今日はおばさんと健ちゃんで
お花見に行った。
早起きをしておばさんの家で弁当を作った。
朝寝坊だから心配だったけど
6時前に起きることができた。
おばさんも朝からハイテンションでした。
健ちゃんもバスの中でウキウキでした。
久しぶりの家族旅行みたいな感じだった。
満開の桜でとても癒された。
桜の木の下でトランペットを
演奏している人がいて
香織のことを思い出した。
おばさんも思い出したみたいだった。。
今日、ひとつ楽しみができた。
おばさんの誕生日に演奏会をする約束をした。
しかもッ、健ちゃんが参加!!
健ちゃんはちょっとビックリしてたけど
健ちゃんと一緒に演奏をしたい!!
こんな気持ち!!
健ちゃんとひとつの音楽を作って
おばさんを元気つけたいなぁ。。


☆今日は健ちゃんに
私の大事な大事なフルートをみせた。
健ちゃんは初めて見るみたいで珍しそうだった。。
フルートはお母さんがくれた私の宝物。
このフルートを健ちゃんにみせたかった。
だからとても嬉しかった!!
ずっと眠らせていたけど
これからは音をだしてあげたい。
その方がお母さんも喜ぶと思う。。
おばさんの誕生日、楽しみだーーー!!


☆いじめが何だ!
私はあいつらには負けない!
香織との約束。
受験勉強の時の
頑張れッて応援してくれた
香織の顔覚えてるよ。。

私は負けない!!


☆今日はおばさんの家に健ちゃんと行った。
晩ご飯を一緒に食べた。
健ちゃんがものまねショーをした。
なんか宴会みたいですごく面白かった。
帰り公園に健ちゃんと行った。
自転車の練習をしている子がいて
健ちゃんと手を握り締めて応援した。
健ちゃんに作詞をもらった。
温かい詩!!感動した!!
今、曲を考えているけどなかなか作れない。。


☆今日、曲ができた。
健ちゃんに披露したらすごく喜んでくれた。
歌の題名も決めた。
題名は二人の心に思った文字を
ひとつずつ合わせた。

健ちゃんは『涙』

涙という字は戻るがある・・・
戻るために涙を流すんだ・・・
泣くという字は立つがある・・・
立ち上がるために泣くんだ・・・
健ちゃんが熱く語ってくれた。

健ちゃんは涙は悲しい意味ばかりじゃないって。。

だから・・『涙』

私は晴れの空が好きだから『晴の空』

ふたつあわせて『涙晴の空』にした。
おばさんの嬉しい顔が目に浮かぶなぁ。。
明日も練習だ!!


☆健ちゃんの家の押し入れにあった
ギターをみせてもらった。
健ちゃんはギター始めて触るみたい・・
今、健ちゃんに渡すギターの
弾き方のノートを書いた。
結構、難しいかもしれない。
なんだか目が痛い..。
少し、疲れ目かなぁ。
徹夜で書いたんだよッ。。
ゆっくり練習していこう。。


☆今日も海で練習した。
健ちゃんもだんだんうまくなっている。
海の夕日もすごく癒される。
やっぱり、私は音楽が大好き。。
フルートが大好き!!


☆健ちゃんが私を守ってくれた。
健ちゃんは入院した。
私がフルートを落としたせいだ。
・・・健ちゃんのお母さんが
大切な気持ちを教えてくれた。
健ちゃんと私はなんだか似ていると思った。
お母さんにもらったフルートは
大事にしていた宝物
健ちゃん、ありがとう。


☆今日はりんごを買って
健ちゃんに会いに行った。
顔の腫れも少しひいたみたいだ。
健ちゃんに香織とのことを伝えた。
黙って聞いてくれた。
なんだか伝えることができて
スーッと気持ちが軽くなった。
でも、健ちゃんが香織を
最後に見た時、泣いていたと言っていた。
香織はなんで泣いていたんだろう。。


☆私は学校でひとりぼっちだ。
それでもいい。
健ちゃんがいる。
おばさんもいる。
だから、大丈夫だ。。


☆今日はおばさんと一緒にバスに乗り
健ちゃんの見舞いに行った。
健ちゃんも元気になってきた。
おばさんのゲートボールの話や
近所のおじいさんの話で盛り上がった。
三人で香織の墓参りに行った。
健ちゃんの車いすをおした。
おばさんはとても嬉しそうだった。
帰りに健ちゃんと公園で
だるまさんが転んだをした。
保育園以来かな・・・
健ちゃんも張り切っていた。
とても楽しかった。
学校で健ちゃんの写真を
破られたことは言えなかった。
でもだるまさんでつらい思いがふっとんだ。
健ちゃんと今日は大切な思い出の日だ。
生まれて初めてキスをした。
なんだか胸が熱くなった。
帰りにおばさんの家で夕食を作り
二人で食事をした。
健ちゃんはもうすぐ大部屋に移動予定だ。
荷物の移動・・大変だろうなぁ。。
健ちゃんが早く回復しますように。。


☆健ちゃんは六人部屋に移っていた。
今日は朝から夕方まで病院にいた。
お昼に屋上で『涙晴の空』を演奏した。
健ちゃんはリサイクルショップで
ギターをゲットした。
また一緒に練習ができる。
とても嬉しい。。
健ちゃんと病院の屋上から見た空が
とても綺麗だった。


☆今日、香織のお墓参りに行ったら
父さんが手をあわせていた。
父さんもあの日から通っていたことを
住職さんに教えてもらった。
今まで、知らなかった。
私は声を掛けることができなかった。
今日、家に帰っても
父さんをずっと無視している
自分に情けなく感じる。
無視される辛さは私が知っているのに。
父さん、ごめん。ありがとう。。


☆健ちゃんが今日、退院した。
健ちゃんの快気祝いを
おばさんの家でした。
また、おばさんの家で
ワイワイできるのがすごく楽しい。。
みんなハイテンションだった。


☆健ちゃんは学校へ松葉杖をついて
電車通学し始めた。
学校の帰りに駅のホームで待ち合わせた。
健ちゃんと久しぶりに二人乗りをした。
なんだか足が重く痛い。
でも、爽やかな風だった。
おばさんは老人ホームへ行きたいらしい。
できることならやめてほしい。。
おばさんのそばにいたい。。


☆もう慣れているから別に関係ないけど・・・
私の近所のイメージは未だに悪いみたいだ。
人の評価は関係ない。とずっと思ってきた。
でも、やっぱり寂しい。悲しい。。
私は香織もおばさんも
香織のお父さんも大好きだった。
でも・・・近所の人はいつも同じ目だ。
私が通るとひそひそ話をしている。
おばさんが今日、あの人たちを怒った。
健ちゃんも私の味方だ。
私には心強い味方がいる。
だから負けない。
ゆっくり歩いて行きたい。


☆香織は私のことを誤解していた。
とても悲しい。。
健ちゃんにも悪いことをした。
でも、もう会いたくない。


☆今日、おばさんの家が壊された。
香織と遊んだ部屋。
いっぱい楽しい思い出がある。
健ちゃんと初めて会った場所。
おばさんとごはんを
食べることももうできない。。
もう私には行く場所がない。
おばさんの誕生日もできなくなった。
健ちゃんと演奏がしたい。
健ちゃんと別れたくはない。
でも、香織に悪い。
私だけが楽しいのは香織に悪い。
何だか頭が重い。
健ちゃんと別れようと思う。。


☆今日は香織の命日だった。
駅員さんから手紙をもらった。
健ちゃんからだった。
ホームでずっと私を待っていてくれた。
私からは健ちゃんへ進めない。
健ちゃんと呼びたかったけど
呼べなかった。
健ちゃん、無理ばかり言って
本当にごめん。。


☆明日はおばさんの誕生日。
おばさんの近くで演奏したい。
フルートがいろんなことを
忘れさせてくれた。
隣にいない健ちゃん。
やっぱりひとりの演奏は寂しい。
二人で演奏したい。
おばさんと健ちゃんとの約束。
おばさんに聞こえなくていい。
健ちゃんと考えたこの曲が
おばさんの心に届きますように。。
健ちゃんの心に響きますように。。


☆今日のことは忘れない。
砂浜に健ちゃんが来てくれた。
私の中の答えがゆっくりと
みつかったような気がした。
おばさんに『おめでとう』を伝えたくて
二人で『涙晴の空』を演奏した。
おばさん以外の人もたくさん聴いてくれた。
最高の誕生会だった。
健ちゃんは私が書いたノートを見て
練習していたみたいですごくうまかった。
フルートはいろんなことを忘れるために
吹くんじゃないとわかった。
健ちゃんが守ってくれたフルート。
健ちゃん、ありがとう。
たくさんの人の笑顔をみて
とても大切なことに気づいた。
今が大切。。
私は健ちゃんと歩いて行きたい。
これからもいろんなことを
耳にするし感じると思う。
だけど、健ちゃんがいたら
私らしく歩いていける感じがする。
香織はどう思う。。
私は健ちゃんといろんな気持ちになって
ゆっくり歩いて行きたい。
私はクリスマス会にいきたい!!
自分に正直に生きたい。。


☆今日は雑貨店で
男性用と女性用のサンタの衣装を買った。
健ちゃん、とても似合う気がする。。
なんだかとても足が痛い。歩きすぎたかな。。
楽しみだ----。


☆今日も公園で練習した。
口内炎ができて演奏がきつかった。。
クリスマス会までには治るといいが・・
やっぱり健ちゃんと一緒にいると楽しい!!
健ちゃん、サンタの衣装
びっくりしてたけどのりのりだった。
今日、自転車の鍵を渡した。
健ちゃんは何も言わず受け取ってくれた。
とても嬉しかった。


☆今日は3時に待ち合わせをして
水族館へ行った。
健ちゃんと初めて特急電車に乗った。
水族館に到着した時は綺麗に
イルミネーションが輝いていた。
すごく綺麗だった。
ハリセンボンが膨らんだ時
健ちゃんもほっぺを膨らませた。
面白かった。
たくさんのイワシがすいすい泳いでいて
とても綺麗だった。
健ちゃんのペットボトルロケットを思い出した。
とても癒される最高の時間だった。
帰りのホームで歌をうたった。
健ちゃんは手拍子をして聴いてくれた。
家にいた時、ひとりで口ずさんでいたから
聴いてもらって何だかすっきりした。
健ちゃんと久しぶりに二人乗りをした。
私は健ちゃんのそばにずっといたい。
心からそう思った。


☆今日は健ちゃんと老人さんたちに
配る歌詞カードを1枚1枚書いた。
朝から夕方までかかった。
かなり疲れた。
なんだか熱っぽい。
風邪、ひいたかも。。
でも、おばさんを喜ばせたい。
そして、いろんな人を楽しませたい。
だから、疲れも感じない。
楽しみだなぁ。。


☆おばさんは認知症になった。
とても悲しかった。
私は取り乱してしまった。
今までの私だったら逃げ出していたと思う。
健ちゃんの言葉は忘れない。
だから、日記には書かない。
心に入れておきたい。
この日記を『心の中の大切な日記』としたい。
表紙に題名を書こう。。
歌詞カードを貼り付けていた
健ちゃんの気持ちも忘れない。。
健ちゃんも涙声で歌っていたけど
みんなに『涙晴の空』を
心で聴いてもらったと信じたい。
おばさんもじっと聴いてくれた。
もう、何があっても逃げ出さない。
老人ホームでおばあさんのそばに・・・
いや・・いろんな人たちのそばにいたいと思う。
私はいろんな人を笑顔にしたい。
高校を卒業したらここで働きたい。。
私にとって今日は忘れられない大切な1日だった。


☆健ちゃんと駅で待ち合わせをして
お好み焼き屋さんに行った。
健ちゃんは将来の夢を語ってくれた。
私も夢を語った。
健ちゃんの目は輝いていた。
健ちゃんの夢が叶いますように。。


☆ホームの人たちと公園へ行った。
おばさんが笑ってくれた。
おばさんは私を忘れた。。
おばさんのそばにいるだけで幸せ。
それだけで幸せ。
そんな気持ちになった。


☆今日は健ちゃんと待ち合わせをした。
健ちゃんには体調のことは言えなかった。
健ちゃんは4月から受験勉強だ。
頑張ってほしい。
健ちゃんの笑顔をみていると
話すことができなかった。
言わないでおいたほうがいいかもしれない。
迷っている。。


☆今日は私の誕生日。
健ちゃんと海に行った。
あの日以来、行ってない砂浜。
やっぱり綺麗だった。
『涙晴の空』演奏した。
波の音・太陽の眩しさ
あの日と変わっていなかった。
健ちゃんと一緒に
同じ場所にいる。
それが幸せだ!!!


☆ホームで節分祭をした。
昨日、作った鬼のお面をつけた。
みんな笑顔だった。
おばさんも楽しそうだった。
楽しかった。


☆パートの人が寮母室で
おばさんと私の関係を話していた。
訪問に来た近所の人たちから
聞いたみたいだ。
昨日からパートの人の目が違う。
別に関係ない。
私を守ってくれる仲間もいる。
私はおばさんのそばにいたい。


☆今日、老人さんから聞かれた。
おばさんの家族を苦しめていたのかと・・・
何もいえなかった。


☆園長室で園長と話した。
おばさんとの関係を聞かれた。
近所の方から聞いたみたいだ。
そのまま何も隠さず話した。
おばさんといたい気持ちを
まっすぐに伝えた。
園長はこれからもここで
みんなをよろしくと言ってくれた。
なんだか温かい気持ちになった。
パートさんも温かく接してくれた。


☆今日、病院へ行った。
やはり熱が高くなる。。
気持ち悪いし吐き気がする。
一応、検査と言われた。
まぁ、大丈夫だろう。
明日は検査。早く寝よう。。


☆今日、血液検査をした。
なんだか体が重い。。
体重も落ちた。


☆今日も体が重く、めまいがする。
でも、おばさんのそばにいたい。
みんなのそばにいたい。
父さんが検査入院をしろという。
今は入院はしたくない。
今まで通りホームに通いたい。


☆今日はホームに健ちゃんが来た。
二人でデュエットをした。
健ちゃんが女役、私が男役。
健ちゃんの化粧には笑った。
帰りに体調のことは話せなかった。
健ちゃんが遠い存在になるのが怖い。
父さんが心から怒ってくれた。
私の病気のことを話し合った。
雛人形を保育園以来、二人で出した。
母さんの手紙が入っていた。
父さんも私も泣いた。
母さんは心で生きていると思った。
私は父さんの存在を忘れてた。
肩車してくれた日。
保育園の運動会で必死に走っていた日。
自転車を教えてくれた日。
動物園に行った日。
帰りが遅いからと心配してくれた日・・・・
父さん、今までごめん。
私は入院して治療に専念することを決める。
今日、ホームを辞めた。
おばさんと離れるのは寂しい。
おばさんといた2ヶ月ちょっと。。
とても温かい思い出ばかりだった。
健ちゃんはあの日、言っていた。
嬉しい気持ちや悲しい気持ち、勇気や迷い・・
いろんな思い。
今という大切な時間。
今という時間、小さなしあわせを
少しでも感じることができたなら。。           
私は小さなしあわせを感じたい。
生きたい。
健ちゃんといろんな思い出を
これからもつくりたい。
今までできなかった親父孝行もしたい。 
だから、治療に専念する。


☆今日入院した。 
健ちゃんにもホームのみんなにも
結局、何も話せなかった。。
健ちゃんも高校3年生になる。
健ちゃんは受験勉強に励んでほしい。
私のことで心配はさせたくない。


☆今日、健ちゃんと演奏した屋上に行った。
あの日、二人で演奏をした。
とても懐かしい~って感じた。
青空がとても綺麗だった。


☆薬の作用で髪の毛が抜け始めている。
なんだかボーッとする。


☆健ちゃんに会いたい。
おばさんに会いたい。
健ちゃんと一緒にいたい。
おばさんと一緒にいたい。
電話で恋人ができたから別れようと嘘を
言おうと思ったけどやっぱりやめた。
会ってちゃんと本当のことを話したい。
いろいろ心配させて
健ちゃんの受験勉強の邪魔になるかもしれない。
でも、伝えたい。
健ちゃんにありのままをみせたい。。


☆さっき、健ちゃんに電話した。
電話では伝えられない。
会って私の気持ちを伝えたい。
健ちゃんの思いを大切にしたい。


☆父さんに協力してもらって無断で外出した。
どうしても健ちゃんに会って話したかった。
父さんは納得してくれた。
今日、健ちゃんに伝えることができた。
なんだか胸がスーッと軽くなった。
健ちゃんも側にいてくれる。
私は絶対に前に進んでやる。。
久しぶりに二人で『涙晴の歌』を歌った。
すごく癒された。
辛いことがたくさんあると思うけど
未来には笑ってる私がいる。
そう信じていたい。


☆熱が出てきた。治療がつらい。
酸素マスクをつけた。


☆父さんから
すごい写真をもらった。
私の宝物になりそうだ。
健ちゃんに見せてあげたい。
驚くだろうな。。


☆健ちゃんの声が聞けた。
足が重かったけど公衆電話まで
歩いて行くことができた。
転んで出血してしまった。
看護師さんは温かい。
優しく私にいつも接してくれる。
健ちゃんに会える。
演奏ができる。
健ちゃんの声は温ったかい。。


☆治ると信じたい。
信じたい。信じたい。


☆私はどうなるのだろう。。
なんだかこの世界から
いなくなることを考えてしまう。
生きていたい。強くそう思う。
もし、私がいなくなったら
この日記は空白のままで終わるのだろうか・・
私が生まれ変わるとするなら
文字になっていろんな人の心に
喜びや悲しみやいろんな思いを届けたい。
この日記を誰かに読んでもらいたい。
私の今までの人生を伝えてほしい。
いろんなことがあっても
私はとても幸せだったと。。
健ちゃんという
最強の味方がいたということを。。
私は文字になって
いろんな人の気持ちに響いて生きていたい。


☆もう駄目かもしれない。
健ちゃんに会いたい。
電話の所までいけない。


☆健ちゃん、ありがとう。。
いじめで苦しんでいる人に伝えてほしい。
この日記を読んで伝えてほしい。
楽しいこともみつけたらきっとあると・・
いろんな人に伝えてほしい。
私には健ちゃんがいた。
それがしあわせだった。。
もう、

このノートには短時間では
読めないほどの思い出が
たくさんの気持ちが綴られていた。


俺の目に自然と飛び込んできた言葉だけを
噛み締めながら読んでいた。


懐かしかった。
悲しかった。
そして嬉しかった。。

もう、
ここで日記が終わっていた。
日記の後半は字が薄く文字がずれて
書くことさえ辛かったと思った。



俺の涙で日記が濡れていた。



最後のページを開いた時
スッと1枚の写真が下に落ちた。

桜の木の下でアップで撮影された
男の子の写真だった。

ニッコリと微笑んでいる男の子。

『お父さん、この写真は・・・なんですか。。』

『あぁ・・・これ・・・最近、見つけたんだ。。。
 木下君、左隅をよくみてみ・・・』


『アッ!!!』

その瞬間・・・
俺はタイムスリップしたような感覚になった。


ゆりとおばあさんと俺が
小さく写っていた。


『これ・・・・
 去年の写真コンクールの優勝のやつなんだ。。。
 たまたま駅で展示されていて
 よく見たらゆりが写っていた・・・
 撮影した人を教えていただいて
 焼き増してもらったんや。。。』 
   
『嬉しくなってゆりに教えてやった・・・
 ゆりは木下君に見せるって・・・
 とても喜んでな・・・』


とても小さいが間違いなく俺達だった。
3人が桜の木の下で笑っていた。

ゴザに座り、楽しそうに
弁当を食べている写真。

懐かしい風景。
懐かしい風。
懐かしい思い。。


あの時は『今という時間』を
当たり前だと感じていた。
これからもずっと変わらず
楽しい時間が過ぎていくのだと思っていた。

でも・・・
横には静かなゆりがいる。

俺は写真と横にいるゆりをみて
ずっと泣いていた。

時間さえ忘れていた。
気がつくと外は真っ暗だった。


『木下君・・・
 木下君はゆりのどこが好きやった・・・』

『俺はゆりの笑った顔が一番好きです。。』


『そうか。。笑顔かぁ。。。
 前も話したけど・・・
 俺はあの事故以来
 本当の笑顔で笑ったゆりをみていない。。
 でもなぁ。。
 この写真を渡した時
 子供の頃の笑顔やった。。。』

『俺が再婚してから・・・
 ずっとゆりを苦しめていたのかもしれん。。。
 俺は再婚して・・
 ゆりとふれあうことがなくなっていた。
 秋野さんの娘さんのボールを投げたのも・・・
 寂しかったからかもしれないなぁ。
 あれ以来、苦しい思いをさせて全部、俺が悪い。』

『それは違うんです!!
 お父さんの・・いやッ・・・
 それはみんなの勘違いなんです!!!』
  
    
俺はあの日、ゆりが話してくれた
全てのことを話した。

ゆりの行動は間違っていなかったと・・・
それが原因でいじめがあったことも・・・
そんな毎日でも俺には笑顔だったと・・・ 
いじめた人も後悔を抱きながら生きていると・・・・ 

すべて話した。
今までゆりが話せなかったことをすべて伝えた。
正直、伝えてよかったのかどうかわからない。。

でも伝えたかった。

『木下君、ありがとう。。』

『ゆりはいつも俺を無視してた。
 でも、毎日テーブルの上に
 朝食と夕食を置いてくれてあったんや。。
 いじめで辛い日もあったかもしれん・・・
 それやけど・・・ゆりは・・・・
 ゆりをまっすぐ見ていなかったのかもしれんな。
 あの時、死んだ母さんがいたら・・・
 ゆりの人生は変わっていたかもしれんな・・・』


そう言いながらお父さんは
1通の手紙を俺に渡した。 


最終章 届けたい想い

『ゆりの検査結果がわかった時・・・
 頭が真っ白になった。
 病名は伝えずに
 検査入院をしてほしいと強く伝えた。
 
 それでもゆりは老人ホームに行き続けた。
 いくら俺が反対しても無視やった。。
 今、やれることをやる!って言ってな。。
 そんな思いが強く・・・
 少しぐらいの熱があってもな。。
 でも・・・母さんの手紙を読んで
 ゆりの気が変わったんだ。。
 ゆりが今まで押し入れで眠っていた
 雛人形を出していた。
 俺も一緒に出した。
 なんの会話もせず、無言で出した。。
 箱の底から死んだ母さんの
 手紙が入ってたんだ。。
 ゆりと俺は黙って読んだ。
 その日・・・ゆりが治療すると言い出した。。』

『木下君、読んでいいよ。。』

1通の手紙にはこう書いてあった。


あんたらがこれを読んでいる時は
私はいないかもしれん。
これは毎年、毎年書いて入れとったんよ。
この季節が来るたびにこの私が書いた手紙を
読んで1年無事生きさしてもろたと
感謝しとるんや。
お父さんはお雛様飾るん
手伝わへんでここにもしもの
遺書を入れとこうと思ったんや。
遺書といっても自殺なんかを
考えているわけじゃない。
余命数ヵ月という病気になったわけでもない。
だから心配しやんといてな。
もしもの場合の私の気持ちや。
そのために遺書を書いてみようと思ったんや。
本を読んでたら、こんな質問があった。
「人生が残り3日間しかなかったら何をしますか」 
真剣に考えてみた。
3日間を悔いなく過ごすにはどうしたらいいか?
そして、一番したいことが見つかった。
それは、あんたらにメッセージを伝えること。
あんたらと出会ったことが私にとって
どれほど幸せなことだったか。
あんたらからどれほどたくさんの
喜びと生きがいをもらったか。
私があんたらにどんなに感謝しているか。
そのことを心の底から伝えたい。
素直な言葉で伝えたい。
だから、もし万一のことがあって
そのメッセージを伝えることなく
世を去ることになったとしたら
私はそのことを悔やんでも悔やみきれやん。
だから、生きているうちに普段の言葉のままの
私の気持ちを手紙に毎年、毎年、書くことにした。
ひなまつりが来るごとに幸せに感謝できるしな。
これから、私の本当の気持ちを書くな。
そしていつの日か、私がこの世を
去ったとしてこの気持ちは
永遠に消えることはあらへん。
あんたら、私がもし死んでても
悲しんだらあかんで。
ゆり、わかっとるか。
ゆり、私も同じように親が
天国へ行き悲しい思いをしたんや。
同じ気持ちやで。
母さんも同じ思いしたんや。
でもあんたらと楽しく過ごした。
後悔はあらへん。だから、悲しまんといてな。
ゆり、あんたがいきいきと成長していく姿が
母さんにとって最高の喜びなんや。
母さんは親としての喜びを知ることができた。
ゆりもいつか親になったときに知るやろう。
クリスマスやゆりの誕生日がやってくるたびに
いかにしてあんたを喜ばそうかと
父さんと考えたなぁ。
それは、お父さんとお母さんにとって
何よりも楽しみなこと。
ゆりはお父さんとお母さんに
たくさんの喜びと楽しみと感動を
もたらしてくれた。
父さんのこともたのむで。
あんたが保育園で父の日にあげた
プレゼントを覚えてるか?
あんたが描いてくれたお父さんの顔の絵や。
お父さんはそれを会社に持っていって
引き出しに入れているんや。
仕事で辛いことがあっても
その絵を見ると元気が出るそうや。
ゆりの存在が、お父さんとお母さんに
元気と勇気とやる気を与えてくれた。
私たちを人間として成長させてくれた。
私たちはあんたからたくさんのものを
もらってるんや。
父さんをたのむで。
とにかく、私のことで悲しんだら私が悲しいんや。
だから落ち込まず、悲しまず
安心して今したいことをしたらいい。
今を幸せに生きたらいい。
母さんは、ゆりがゆりであることを
いつまでも応援するから。

神さまへ

父さんとゆりに出会わせていただき
ありがとうございます。
素敵な家族と幸せな人生をありがとうございます。
来年も幸せな気持ちで手紙が書けますように。。


そんな温かい手紙だった。

俺は手が震えていた。

ゆりから言われているような
そんな気持ちになっていた。


『元気な母さんやった。。
 3月の節句が近づくたびに・・・
 あんた!!ボーッとしてやんと手伝ってよ!!
 私が死んだら必ずあんたらで飾ってよ!
 怒り口調で毎年、愚痴を言いながら飾ってな。。
 俺はそんな母さんの言葉さえも忘れていた。。
 最低や。。。』


お父さんは肩を落とし悲しそうだ。


『ゆりはこの手紙を黙って読んで泣いていた。
 寂しそうな背中だった。。
 ずっと俺が苦しめていたかもしれないな。。』

『いやっ。。そんなことはありません!!
 今、ここにいるゆりも
 この手紙と同じ気持ちだと思います。
 ゆりはお父さんもお母さんも
 大好きだったんです。
 だから、ゆりはこの日記にも
 ごめんと書いているんだと思います。』

俺はゆりのノートをお父さんに見せ
ノートをギュッと胸に抱いた。

『だから、人の為じゃなく
 自分のために治療したんだと思います。
 自分を責めるのはやめてください。
 ゆりが悲しい気持ちになりますから。。。』


そう言いながら俺は
自分自身を慰めていた。


お父さんと俺は
膝をついて泣いた。

お父さんとゆりの関係は
時間とともに移り変わっていった。
誰だって今日がそのまま明日になることはない。
気がつかないだけで
平凡な毎日でも少しずつ違うはずだ。

そう感じた。

そして、紙袋から老人さんたちに
書いてもらったゆりへの
メッセージをそっと置いた。

ゆりと公園で会った次の日に
俺は老人ホームに行った。

老人さんひとりひとりに
メッセージを書いてもらった。

みんなの言葉で元気になってほしい。。
そんな気持ちだった。

おばあさんも筆を持たせたら
『心』と一文字だけだが書いてくれた。

俺は眠るゆりの横で
ひとりひとりのメッセージカードを読んだ。


笑ったゆりに伝えたかった。。
そう思うと涙が止まらなかった。


俺は泊まらせてもらい
お父さんの手伝いをした。

お父さんの希望で
ホームの園長と俺、三人だけの
静かな通夜とお葬式だった。


近所の人は家の前を早足で
通り過ぎるだけだった。


とても悔しかった。
とても虚しかった。


テレビのスイッチを切った時のように
それまで抱えていたいろんな気持ち全てが
フッと消えて真っ暗になったような気持ちだった。

信じられない、信じるしかない・・・
でも・・もしかしたら
嘘かもしれないとずっと悶々としていた。

立花ゆりという芳名板を見ても
何かの間違いかもしれないと
どこかで思っていた。

住職がお経を唱えている時もゆりは違う場所に
いるのではないかと信じていた。

でも・・棺桶を覗き込むと静かな顔をした
ゆりが・・何も言わないゆりがいた。

火葬場が近づくにつれ
驚くほど自分の鼓動が聞こえて焦った。

火葬場に着き、棺桶の窓が開けられ
ゆりとの最後の対面をした。
逃げたいと、本当は少し思っていた。

目をつぶったゆりの顔は
とても優しかった。
今にも「健ちゃん!!」
と呼びそうな・・・


『大丈夫、私が教えるから。まっかせなさい!!』
俺に自信満々な顔で笑っているゆり。


『・・・ええよ』
   こちらこそお願いします!!!』
恥ずかしそうに俺をみつめているゆり。


『なに!これめっちゃ綺麗!!』
微笑みながら空を見上げるゆり。


『私、健ちゃんにずっと
 言いたかったことがあった。
 ずっと言いたかった。
 でも言えなくて・・・苦しかった。。』
真剣に俺を見つめながら話すゆり。


『私なんか、死んだほうが消えたほうがいい!!!
 死んだほうが・・・・
 健ちゃんもそう思っとるんやろッ!!』
涙を流しながら必死で伝えるゆり。


『本当のことを伝えられて本当によかった。。
 健ちゃんありがとう。。。』
辛い表情を見せまいとして、優しく微笑むゆり。


『ジャーン!』
フルートを嬉しそうに見せ
静かな表情で演奏するゆり。


『健ちゃん、いっぱい食べてなッ!!』
嬉しそうにおばあさんとにっこり微笑むゆり。


ゆりのいろんな声と
表情が胸の中を回転し涙が流れた。


棺桶の中にお母さんからの手紙と
老人さんからのメッセージを入れた。

そして・・・
ゆりが握り締めていた
俺の写真をそっと入れた。


お父さんは泣き崩れた。

火葬の前に俺はホームの園長から
そっと言葉をかけてもらった。

『ゆりさんは今から火で燃やされるのではなく
 火で身体を洗うんだよ。。
 今から火で身体を洗い流し天国へ行き
 また天国で思い出を作る。。
 だから、心配しなくていい。。。』

俺は心の中でゆりは
今から燃やされる、焼かれると
何度もつぶやき葛藤していた。

この言葉を聞いた瞬間
なんだか少しホッとしたような気がした。

「ただいまから・・・・・」
火葬の担当者が話し出したがあまり記憶がない。
ただ『ボッ』と火が燃える瞬間の音が
虚しく悲しかったことだけ覚えている。

ゆりが扉の向こうに行くのを
やめさせたい思い・・・
なんかそんな思いも心の片隅にあった。

火葬が始まるとお父さんと園長は
個室で話をしていた。

俺は外に出てただ外の煙と空を眺めていた。
ゆりと俺がいつもみていた空に
そっと煙が雲のように包まれていた。

いつも・・ただ何気なくみていた空を
今はいろんな気持ちで眺めている・・・
いろんな思い出が頭の中でゆっくり回転していた。

1時間30分が経過し俺たちは呼び出された。

ゆりの骨がそこにあった。。
跡形もない姿に俺は涙もでず
静かな気持ちを感じた。
風と共にゆりは広い空の一部になった。。
そんな気持ちで骨壺に
お父さんといれていた記憶しかない。

ゆりは近いところにいるような
遠い場所へいったような
そんな気持ちのままゆりの家に帰った。


家に帰りお父さんと俺は
遺影の前に座った。

ずっと沈黙が続いた。


『ゆり・・・ごめんな。。。』

お父さんがゆりに向かって
話し掛けた。

『ゆり、ごめんな。。
 お前が産まれた時、最高の気分やった。
 母さんも父さんも手を握って泣いてたなぁ。
 オムツを換える時もミルクを飲ます時も
 そこにはいつも笑顔があった。
 お前が歩いた時は拍手して喜んで。。。
 動物園行ったり
 ハイキングに行ったり・・・・・
 お前との思い出は
 あの日から止まっているなぁ。』
 
『あの日、泣いているお前を
 抱きしめていれば。。。
 俺だけでも笑顔で話を聞いていれば。。。』


遠い昔を眺めているような
優しい目だった。

痛いような寂しいような虚しいような
でもそれだけではないような。。
ただ、その言葉は悲しみだけで
生まれているものではないと感じた。
何か、穏やかで温かい何かを含んでいた。


あれから2年が経過した。


お父さんはあれからすぐに
故郷の九州へ引越し一人暮らしをした。
お父さんなりの考えがあったんだろう。
以前の家は壊され空地になり
ゆりのお墓も仏壇も九州にある。


ゆりのいない現実がゆっくりゆっくり
寂しさを募らせ俺は生きる気力も
何もかもすっかり無くしていた。


最期の時にゆりのそばに
いてあげられなかった・・・

受験を応援していてくれたのに・・・

一番そばにいたのは俺なのに・・・

ゆりのノートを何度も何度も読みながら
同じ想いを繰り返し悔いては
自分を責めて心閉ざし暮らしていた。

考えないようにしていても
身体は正直なのか、無理だった。


俺はゆりと一緒に行った場所に
2年間行くことができなかった。
ある朝、ゆりとの思い出の場所へ
行こうと急に決意した。

新しい自分を探したい・・・
そんな気持ちだったのかもしれない。

俺はギターを背負い始発電車に乗り
ゆりと練習した公園へと向かった。

駅に到着した。
駅のホームで会話していた時間を思い
立ち止まって懐かしい気持ちが甦った。

改札口を出て駐輪場に向かった。
そこにはゆりの自転車が置いてあった。
パンクしてハンドルも錆びていた。

告別式の帰り・・・
この場所に置いておこうと思った自転車が
2年間も処分されず駐輪場の片隅に置いてあった。

俺は合鍵を出し、近くの自転車店まで行った。

パンク修理等をしてもらい
公園まで自転車を走らせた。

懐かしい心地のいい風だった。

おばあさんの土地には新築の家が建ち
ゆりの土地は空き地のままだった。

公園に着いた瞬間
ダルマさんが転んだをしている二人の姿が
俺にはぼんやりと見えた。

ブランコに座り
いろんなことを思い出した。
いろんなゆりの声が聴こえてきた。

次に自転車を走らせ
桜を見た公園に行った。
あの桜の木はズシンと
あのまま立っていた。
3人でゴザを敷いた場所に座り
お父さんからもらった写真を見ていた。

ゆりが俺に見せたかった写真。
心からしあわせな気持ちでいたのだろうと
この写真を見てずっと泣いていた。

次に病院の屋上へ行った。
晴れ渡った空に太陽がまぶしく
ゆりと眺めた景色を見ながら歌を口ずさんだ。

ゆりと学校帰りによく行った
お好み焼き屋にも行った。
店の雰囲気や周りの風景は
あの頃と変わっていた。
でも、あの頃のおばさんの気持ち
周りの空気は同じだった。
おばさんがお好み焼きを焼いてくれた。
一人でお好み焼きを食べながら
ゆりと笑いながら話していた
あの頃を懐かしく思い出した。

駅まで自転車を走らせ電車に乗った。
砂浜に行きいつも座った流木に
腰を掛けギターを演奏した。

老人ホームを外から眺めて
いろんなゆりを思い浮かべた。
窓越にぼんやりと景色を眺めている
おばあさんの姿が見えた。
おばあさんの心の中には
ゆりと俺がいる・・・
そう信じた。

プラネタリウムへ行き
満天の星空を眺めた。
ゆりの好きなオリオン座を探し
なんだか温かい気持ちになった。


俺は1日でふたりの思い出の場所を歩いた。
知らず知らずに足と記憶が動いていた。


最後に水族館に行った。
俺達が1番遠出した場所だ。
放課後、電車に乗りいろんな景色を眺め
指差し笑っていた。

水族館はあの日と変わらず
静かで魚が優雅に泳いでいた。

イワシの群れもあの日と変わらず
銀色の光を輝かせ、円を描いていた。
とても嬉しそうな顔をして
見上げていたゆりがそっと浮かんだ。

水槽の中はとても静かで
俺の世界とは全く違う
輝いた世界のように思った。


夜9時を過ぎ
駅のホームで電車を待った。

ベンチに座り自分をゆっくりみつめた。
それでもやはり・・・
俺の世界は白黒写真のままだった。

あの日から、ずっと俺の時間は止まったまま。

歩き出せば、ゆりといた日々が
遠くなっていってしまう。
あの日々に、もう決して手が届くことはないのに
それでも戻れるような気がして・・・
もう一度会えるような気がして・・・
あの日、この場所で歌っていた
ゆりの声が聴こえるような気がして・・・

また・・・
いろんなことが頭を駆け巡っていた。


しばらくして俺の肩を
誰かがトントンと叩いた。

       
振り向くと駅員の牧野さんだった。

『木下君と違う。。』

『木下です。あっ、久しぶりです。』

『やっぱりそうか!!久しぶりやなぁ。』

ゆりへの手紙をお願いした日以来だ。
相変わらず元気そうだ。

『遅れました!!
 あの日、彼女に手紙を渡していただいて
 ありがとうございました!!』
 
『あれからすぐに
 異動になってな。。
 木下君、駅長室まで来てくれる!!』

『懐かしいなぁ。。何年ぶりやぁ。。』

『彼女とは仲良くしているの。。』

『あぁ・・・2年前に亡くなりました。。』

『えッ・・・』


牧野さんは急に走りだした。
俺も急いで後を追った。


駅長室に入り、牧野さんの机の前に立った。

『木下君!!これ!!
 手紙を渡した次の日、木下君に渡してと
 彼女から頼まれてたんや!!
 あれから、異動の辞令があって
 渡さないといけないと思ってたんや。
 木下君と一緒に行った
 おばあさんの家に行ったけど
 空地になっててな。。
 今まで会える日をずっと持っとったんや!!
 木下君、ごめんな。。
 彼女にも悪いことをしてしまった。。』


かわいい封筒に『健ちゃんへ』と書いてある。


『牧野さん、ありがとうございます。。』

『また、いつでも来てなッ!!
 俺はここにいるから!!』


俺は駅長室から優しく微笑む牧野さんに
深くお礼をしてホームに向かった。

タイミングよく電車が待っていた。

席はほとんど空席で
静かな車内に出発の笛が鳴った。

席に座り封筒を見つめ
とても嬉しかったが
開封することに戸惑いもあった。

俺は思い切って封筒を開けた。

封筒の開きの所に
銀色の紙吹雪の下で
演奏している俺達の絵が書いてあった。

その下に小さい文字で
『健ちゃんのことだから
 ハサミで切らずに丁寧に開けると思ったよ。。』
と書いてあった。


封筒には1枚の手紙が入っていた。


 健ちゃん、ごめんなさい。
 今日は逆のホームにいました。
 健ちゃんの所へ行くことができませんでした。
 行こうとしたけど階段で足が止まりました。
 今は会っても健ちゃんを苦しめるだけです。
 健ちゃんは健ちゃんの道を歩いてください。
 健ちゃんの姿を見てそう思いました。
 私の中の健ちゃんはいつも笑っています。
 私のことで悲しい顔はしないでください。
 笑っている健ちゃんが私は大好きです。
 本当、心配ばかりかけてごめん。
 
 ひとつだけわがままなお願いがあります。
 おばさんの誕生日、老人ホームの近くの砂浜で
 健ちゃんと演奏がしたいです。
 今度は私が健ちゃんを待っています。
 その日でちゃんとさよならをしたいです。
 無理なこといってごめん。。
 
 運命の神様がいてもし・・・
 私の気持ちを変えてくれたなら
 その時は健ちゃんと歩いていきたい。
 こんな気持ちも心のどこかにあります。
  
 そう思った時は黙って自転車の鍵を渡します。
 
 誕生日に砂浜で会えたとしても
 会えなかったとしても
 今日の手紙のことは心に入れて忘れてください。

 私がいなくても明るく元気な
 健ちゃんでいてください。
 私にとって、そのことが
 1番のしあわせです。       

                 ゆりより


手紙が震えるぐらい
俺は泣いていた。


『俺に生きる希望を持つんだ!!』
ゆりに応援されているような気持ちだった。


この手紙に出会えてよかった・・・
心からそう感じた。
それは俺にとって
ゆりからの大切な贈り物だった。

2度目の約束・・と笑っていた
ゆりの言葉にも納得できた。

何気なく握った自転車の鍵の温かさも
やっと伝わった。


あの日のゆりと俺は同じ気持ちだった。
そのことが何より嬉しかった。


ゆり、ありがとう。。
その日から温かい気持ちが
何度も何度も心の中を回転していた。


あれから俺にとって
いろんな月日が経過した。


『はーい!!今からとんち勝負をしましょう。
 いいですか!!この紙を見てください。。
 ちょっと破れていますが・・・
 伊藤さん、見えますか!!
 秋野さん、見えますか!!』

俺は老人ホームで働いている。

ゆりがやりたかったこと。
俺もおばあさんの傍にいたいと思った。

最初はゆりがやりたかったことだから・・・
と少しは思っていた。

いや・・・だいぶ思っていたかもしれない。
でも今は自分の為だと思っている。

ゆりがいなくなりいじめた連中を探して
仕返ししたい気持ちが湧いたこともあった。
でも、ゆりなら・・・
人を恨むことはやってはいけない!!
それより次をどう生きるかということに
気持ちを切り替えるだろうと思った。

俺を失わずにいられたのは
ゆりとの思い出が幸せすぎたからだと思います。

君を尊敬しています。
君と出会えたことに感謝しています。
俺はゆりと出会って幸せでした。

おばあさんはあれからここで
俺と共に過ごし亡くなりました。

いつも懐かしい目で窓の外を眺め
声を掛けるとニコッと微笑んでくれました。

おばあさんと過ごした貴重な時間は
私にとって大切な財産です。

俺にもいつか死が訪れると思うが
その時まで小さなしあわせを探しながら
ゆっくり歩いて行きたいと思う。

時間が悲しみの中で静かに流れて
俺もだんだん泣かなくなった。
生きる気力もなくしてた時もあったのに
今では、結構未来について考えていたりします。

あれから泣いてないとはいえませんが
ずいぶん、気持ちの整理がついたように思います。
これからは、俺の為に生きて行こうと
思えるようにもなりました。

今でも、この言葉は俺の支えです。

こうなるのが運命だったとしたら
こんな運命を受け入れるのも
また運命なんだと思います。  

君に出会えた全ての偶然と
君から教えてもらった温かさに
心からありがとう。。

もういちど、ありがとう。。





長い目でお付き合いいただき
ありがとうございました。


あなたの隣にいる人との
出会った頃を覚えていますか。。

あなたの見えない場所で・・・
忘れた所で・・・
大切な気持ちがきっと変わらず動いている。

心の中にそっと入れておいてください。。
物語が誰かの勇気に繋がれば嬉しく思います。

ありがとうございました。


一行でも結構です。
ぜひ、こちらへご感想を
書いていただけると嬉しく思います。
ありがとうございました。
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あの時の日記はあなたの心の中にありますか。
ここにいろんな人の温かい気持ちが集まりました。
あの日からゆっくりと月日が過ぎています。

そしてこの場所が懐かしい場所に
なりつつあります。


この日記が誰かの勇気につながることを願って。。


『心の中の大切な日記』続編 どうぞよろしくお願いいたします。
 

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